デジタルハリウッドがベネッセの傘下に!本買収の背景や目的について解説!

2024年11月29日、株式会社ベネッセホールディングス(以下「ベネッセ)」は、デジタルハリウッド株式会社(以下「デジタルハリウッド」)を買収することを発。デジタルハリウッドは、カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下「CCC」)の子会社で、社会人向けクリエイター養成スクールなどを運営しております。。本買収の詳細、背景について解説します。

 

目次

デジタルハリウッドの概要

1994 年に社会人向けクリエイター養成スクール「デジタルハリウッド」を開校。その後、スクール数を拡大し、グループ全体で 9 万人の卒業生を輩出しました。「デジハリ」の相性は皆様も聞いたことがあるのではないかと思います。

現在は、 Web/CG/動画/映像/プログラミングといったデジタルクリエイティブ分野を軸に、クリエイター養成スクール、文部科学省認可の株式会社立大学、専門職大学院、オンラインスクール、社会人向けのエンジニア・起業家養成スクール、学校コンサルティング等を展開。

デジタルクリエイティブの分野で、圧倒的な知名度とコミュニティを誇ります。

 

CCCの概要

レンタルビデオ店「TSUTAYA」や書籍・家電を扱う「蔦屋書店」を有名なCCCですが、昨今は経営戦略の見直しを図っています。共通ポイントプログラムでトップシェアを誇っていた「Tポイント」は、三井住友系のVポイントへ統合。TSUTAYAは、動画配信サービスの普及により店舗数は減少しています。そのような厳しい環境下の中、2024年10月には、ヨガやピラティスができるジムを、2027年に200店舗とする方針を発表。事業ポートフォリオの見直しを積極的に推進している状況もあり、デジタルハリウッドの株式譲渡を行ったものと推察されます。

 

ベネッセの概要

ベネッセの沿革

ベネッセは1955年岡山で創業。主に、学生向けの「進研ゼミ」や幼児向けの「こどもチャレンジ」等のの通信教育講座、情報誌の「たまごクラブ」「ひよこクラブ」を運営しております。2000年代の入ると介護事業をスタート。その後は、東京個別指導学院など、様々な企業を買収し、M&Aの活用で業績を拡大しました。

2015年には、オンライン教育プラットフォームの米Udemyと包括的業務提携契約を締結、2019年には法人向けに「Udemy for Business」の提供をスタート。リカレント教育分野へ積極的に進出しています。

2024年に入り、ヨーロッパの投資ファンドEQTと組んでMBOを実施。TOBにより、創業家とEQTが株式を買付を行い、2024年5月に東証プライムより上場廃止となりました。ベネッセは、上場廃止によりEQTと組み、主力の進研ゼミの立て直しや新規事業の強化などで、企業価値の向上に取り組んでおります。

参考記事「MBOとは?メリット・デメリット、効果的な実施方法を徹底解説」

ベネッセの経営方針

ベネッセは、2020年11月に中期経営計画を発表し、2023年に、2020年に発表した中期経営計画をブラッシュアップしました。

事業ポートフォリオを、「コア教育」「コア介護」「新領域」の3つに再構築、教育分野の収益安定化、介護分野の成長、新領域では戦略投資を行う方針です。

新領域のターゲットは、大学・社会人、介護の周辺ビジネス、海外としており、前述のUdemyとの戦略的提携および資本業務提携は、まさにこの大学・社会人領域への戦略的投資を言えます。

2024年3月期から3年間で、M&Aなどの戦略投資に500億円強を充てる方針を打ち出し、2023年に5月に女性向けの人材ビジネスのWarisを買収。M&Aを活用し、新領域の強化に積極的に取り組んでいます。

出典 株式会社ベネッセホールディングスHP 中期経営計画

 

デジタルハリウッド買収の背景

デジタルハリウッド買収の目的

ベネッセは、先の通り、新領域分野を中心に、M&A投資を積極的に行う方針です。特に、新領域の中で「大学・社会人教育領域」においては、企業向け・個人向けのデジタル人材育成事業を重要な成長戦略のひとつとして位置づけています。

デジタルハリウッドは、当該領域の教育において圧倒的な知名度と実績を持っており、ベネッセの事業基盤とのシナジーが見込めるため、今回M&Aに至りました。

参考 株式会社ベネッセホールディングス「デジタルハリウッド株式会社の株式取得に関するお知らせ 大学・社会人教育における DX 人材育成事業を強化

デジタルハリウッド買収後の計画

今後、クリエイターやDX人材の育成は、日本の社会課題として、より重要度を増していくものと思われます。

このような背景から、より一層DX人材育成領域の事業拡大を進めるべく、以下のような戦略を推進していく方針です。

  1. デジタルハリウッドの世界レベルの高品質な教育サービスを、大学や専門学校/企業に紹介
  2. デジタルハリウッドの培ってきた開発力を活かし、新たな教育コンテンツを開発
  3. 「Udemy」(※1)とデジタルハリウッドのカリキュラムを相互に連携

 

参考 政府発表「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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M&Aにおける税理士の役割とは?相談するメリットや依頼するポイントなどを解説!

M&Aのプロセスは、法務、財務、税務など、検討する課題が多く複雑であり、専門知識が必要となります。昨今、大企業だけでなく中小企業のM&Aの件数も増えており、その専門性を必要とされるケースがより増えています。本記事では、M&Aにおいて税理士が果たす役割やその業務について解説します。

 

目次

M&Aにおける税理士の主な役割

税理士がM&Aにおいて果たす主な役割は、①デューデリジェンスと②バリュエーションの二つあります。

税理士が対応するデューデリジェンスとは?

M&Aのプロセスにおいて、デューデリジェンスとは、譲受企業が、譲渡企業の価値やリスク等を調査することを言います。デューデリジェンスは、ビジネス面のデューデリジェンスだけでなく、専門家の協力のもと、法務デューデリジェンス、財務デューデリジェンス、税務デューデリジェンスを行います。税理士は、この中で税務デューデリジェンスを担当し、譲渡企業様の税務リスクの確認を行います。

参考記事「デューデリジェンスとは?M&Aの成功を確実にするための方法

税理士が対応するバリュエーションとは?

譲渡企業の株式譲渡価格を算出することは、M&Aのプロセスの中でもっとも重要なものの一つです。バリュエーションには、会計知識や税務知識がもとめられるだけでなく、譲渡企業様、譲受企業様双方にとって適切かつ公正な価格を算出することが求められます。そのため、高度な専門性を持つ税理士がバリュエーションのプロセスで必要とされます。

参考記事「企業価値・株式価値・事業価値の違いとは?それぞれの算出方法の違いを解説!

 

M&Aにおいて税理士に相談するメリット

M&Aにおいて、税理士は、上述のデューデリジェンス、バリュエーションに加え、税理士の本業である税務申告や税務面のアドバイスなどの面でサポートを行います。税務のプロである税理士のサポートは、企業にとって大きなメリットがあります。

M&Aにおける税務申告

M&Aを実施した年度の税務申告は、例年に加えてM&Aに関連する税務処理が必要となります。譲渡企業にとっては、株式譲渡の場合、株主の株式譲渡益に対する課税、事業譲渡の場合は、課税取引となるため、消費税の計算や譲渡益に対する法人税の計算が必要となります。譲受企業にとっても、のれんの計算や償却など論点が多いため、専門性が高い税理士に相談するメリットは大きいと言えるでしょう。

M&Aにおける税務面のアドバイス

M&Aにおいて、譲渡企業にとっては譲渡金額の手取りは大きく、譲受企業にとっては投資金額は小さいほうが、双方にとってメリットが大きくなります。そのため、税負担がより小さくなるM&Aのスキームを策定することが重要です。例えば、株式譲渡スキームにおいて、役員退職慰労金を活用することで、税負担の軽減が可能となります。この際、役員退職金の金額が適切か否か論点となりますので、税理士からアドバイスをもらうことは重要です。

参考記事「役員退職慰労金とは?税務上の取り扱い・計算方法・M&Aでの活用方法等について解説します!

その他にも、組織再編を行う場合、税負担を軽減のため、税制適格組織再編の要件を満たすようアドバイスをするケースもあります。

 

M&Aで税理士に依頼するポイント

税理士への確認

税理士は、税務に関する高い専門知識を持っておりますが、それぞれ今までの実務経験によって得意領域があるため、すべての税理士がM&Aに関する税務の経験やスキルを持っているわけではありません。M&Aは、税理士さんが行う税務申告の知識だけでなく、様々な知識、ケーススタディ、実務経験が必要となります。そのため、事前に自社の顧問税理士がM&Aに詳しいか確認することをお勧めします。

M&Aに詳しい税理士を探す方法

各税理士事務所のホームページを確認するなどして、M&Aに関する税務に対応しているかチェックすることが重要です。その他にも、中小企業庁が設立したM&A支援機関登録制度に登録している税理士を選ぶこともお勧めです。

参考記事「M&A支援機関登録制度とは? 制度の詳細と中小M&Aガイドライン第3版について解説!

その他の確認事項

料金や報酬体系については、レーマン方式による成功報酬制、月額報酬制、着手金の有無など、各税理士それぞれであるため、事前に確認が必要です。

その他にも、円滑にコミュニケーションが取れるか等のポイントもあるため、以下の記事を参考にしてください。

参考記事「税理士の失敗しない探し方とは?基礎知識や探し方のチェックポイントを優しく解説!」

 

税理士かM&A仲介会社どちらに相談すべきか?

相談しようとしている税理士がM&Aの知識と経験がある場合は、相談することをお勧めします。税理士に相談する場合、譲渡企業、譲受企業どちらか一方のアドバイザーになるケースがほとんどです。そのため、依頼者の利益最大化のために動いてくれるため、彼らのアドバイスは信頼しやすいです。

一方、M&A仲介会社は、譲渡企業と譲受企業の双方からの依頼で動きます。M&Aの成立を重要視するビジネスモデルのため、譲渡企業、譲受企業の幅広いネットワークを有し、マッチング力が強いことが特徴です。

参考記事 「M&A仲介とは?活用するメリット、選ぶ際のポイント、FAとの違いについて解説!」

「M&Aの相手先が見つからない」「早期にM&Aを成立させたい」という場合、マッチングに強いM&A仲介会社に依頼するケースが多いです。その中でも、専門家のアドバイスを得たい場合、バリュエーションに関するセカンドオピニオン、デューデリジェンス、税務顧問として案件全体のアドバイスを税理士に依頼するといった方法もお勧めです。

 

まとめ

M&Aのプロセスは、複雑で高度な専門知識が必要とされます。そのため、様々な場面で専門家に依頼することは、M&Aを成功させるためにとても重要です。

法務面においては弁護士に、税務面では税理士への相談が一般的です。M&Aのプロセスの中で重要なバリュエーションやデューデリジェンスについて、税理士への依頼することがお勧めです。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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サンマルクによる牛カツ定食業態「牛かつもと村」運営企業の買収を解説!

2024年11月19日、株式会社サンマルクホールディングスは、牛カツ定食業態の「牛かつもと村」を運営する株式会社牛かつもと村の買収を発表しました。同社は、11月1日に、牛カツ定食業態の「京都勝牛」を運営するジーホールディングス株式会社を子会社化しました。牛カツ定食業態に相次ぐM&Aについて、解説いたします。

 

目次

株式会社サンマルクホールディングスについて

サンマルクホールディングスの概要と沿革

サンマルクホールディングスは、カフェ業態「サンマルクカフェ」やパスタ業態「鎌倉パスタ」を運営する大手飲食チェーンで、足元の業績回復により、現在は「第3のブランド確立」を重点施策とし、多角化戦略を推進。11月に、「京都勝牛」を運営するジーホールディングスの株式100%を取得し、第三の柱として牛カツ定食業態に進出しました。

2024年3月末時点のグループ全体の店舗数は793店舗。うち、主要業態の「サンマルクカフェ」が333店舗、第2の柱の業態である「鎌倉パスタ」が195店舗、ジーホールディングス運営店舗が7月末時点で、直営店舗 74店舗、FC店舗 43 店舗の他、他社FC店舗2店舗となります。

サンマルクホールディングスの業績

2024年3月期の決算は、コロナ禍の影響の緩和とコストコントロールにより、売上高645億円(前期比+67億円)、営業利益26億円(+23億円)と増収増益を記録しております。2025年3月期中間期決算においても、売上高329億円(前年同期比+15億円)営業利益18億円(前期比+8億円)と増収増益基調が続いてます。

 

株式会社牛かつもと村について

株式会社牛かつもと村の概要

今回のM&Aに関して、サンマルクが買収する企業は、株式会社 B 級グルメ研究所ホールディングス 及びBQ International 株式会社となります。同社の子会社が、株式会社牛かつもと村及び極品國際餐飲股份有限公司となるため、牛カツもと村はサンマルクの孫会社となります。

牛カツもと村は、2022 年7月創業。現在の店舗数は直営店舗 30 店舗(国内 28 店舗、海外2店舗)まで成長。日本人客だけでなく、インバウンドの訪日客にも人気の業態となりました。

2024年11月19日株式会社サンマルクホールディングス開示資料参照「株式の取得(子会社化および孫会社化)に関するお知らせ

株式会社牛かつもと村の業績

2024 年6月期の売上高は45億円(前期比+17億円)、営業利益6.7億円(前期比+3億円)と急速に事業を拡大しています。

 

M&Aの概要・目的

M&Aの概要

株式会社 B 級グルメ研究所ホールディングス及びBQ International 株式会社 の株式100%を取得予定。取得価格は、普通株式104億円、アドバイザリー費用等(概算)1億円。株式譲渡実行日は2024年12月初旬を予定しています。

そのため、「京都勝牛」を運営するジーホールディングス株式会社と合わせた買収額は200億円を超えるため、手元資金の低下に伴い金融機関から100億円を借り入れる想定です。

M&Aの目的

「京都勝牛」の買収と同様、インバウンド観光客の取り込みや海外進出の強化を見込むことが出来ること、更にはサンマルクが保有する物件情報や出店・調達ノウハウの活用、物流網の共有により、牛かつもと村におけるコストダウンが可能であるというシナジー効果が見込まれることが目的となります。

サンマルクは、第三の柱を確固たるものにするため、牛カツ定食業態のトップ2社を買収し、攻めの経営に邁進しています。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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ノジマ、PC事業のVAIOを買収を発表!本M&Aの詳細・背景について解説します!

2024年11月11日、家電量販大手の株式会社ノジマがパソコンメーカーのVAIO株式会社を買収すると発表しました。VAIOは、ソニーのPCブランドとして発売され、人気を博しましたが、2014年にソニーから独立して設立されました。今回、ノジマが、日本産業パートナーズなどが保有するVAIO株式を取得する予定。本買収の詳細、背景について解説します。

 

目次

ノジマの概要

ノジマの沿革

今回VAIOを買収したノジマは、1962年に家電量販店として創業。神奈川・東京多摩八王子地区に集中的にロードサイド店舗を展開し、1989年には売上高100億円を突破。その後も店舗や商品ラインナップの拡大し、2016年には東証一部へ市場変更。2024年3月期の売上高は、7,613億円まで成長。家電量販店業界では、ヤマダ電機、ビックカメラに次ぐ第3位となっております。

ノジマの特徴は、メーカーやキャリアに縛られないフラットな立場で、自社従業員がお客様のニーズに合った商品をおすすめする「コンサルティングセールス」による接客を行っており、メーカー販売員のいない唯一の家電専門店として確固たる地位を築いています。

ノジマの経営方針

ノジマは、上記のコンサルティングセールに加え、「デジタル一番星」を経営方針に掲げ、IT分野のサービス提供を拡大しています。その戦略の中心として、M&Aを積極的に活用。家電量販店の域を超えた事業ポートフォリオを構築しています。

以下、ノジマが行った代表的なM&Aの実績となります。

時期 対象企業 事業内容
2015年 ITX スマホ販売代理店
2017年 ニフティ インターネットプロバイダ
2019年 Courts Asia シンガポール、マレーシア、インドネシアの家電販売
2020年 セシール カタログ通販
2023年 Thunder Match Technology マレーシアでのパソコン、携帯電話販売
2023年 コネクシオ スマホ販売代理店
2023年 マネースクエア 外国為替証拠金取引
2024年 アニマックスブロードキャスト・ジャパン、キッズステーションの有料衛星放送事業等 コンテンツ放送事業

これらのM&Aにより、祖業である家電量販店運営事業に加え、キャリアショップ運営事業、インターネット事業、海外事業、金融事業、コンテンツ等のその他事業と、多角化経営を実現。他の家電量販店とは一線を画したポジションを築くことに成功しました。

この他にも、2019年にスルガ銀行の筆頭株主となりましたが、経営方針の違いにより、保有株を手放しています。

 

VAIOの概要

VAIOは、ソニー株式会社のパーソナルコンピュータ・ブランドとして誕生。軽量・薄型のモバイル・ノートパソコンを中心に人気を博しました。

2014年に、ソニーがVAIO事業を日本産業パートナーズが設立する特別目的会社へ承渡し、VAIO株式会社が設立される形となりました。2016年には営業黒字を達成。

参考記事カーブアウトとは? その基本やメリット・デメリット、国内事例等を解説!

2021年以降は、企業向け (BtoB) パソコンが事業の柱となり、全体の約4分の3を占めているとのこと。2024年5月期は、売上420億円、当期純利益9.8億円を計上しています。

 

VAIO買収の概要

ノジマによるVAIOの買収の概要は以下の通りです。

買収企業 株式会社ノジマ
売却株式 VJホールディングス3株式会社(※)の普通株式 286,554株 (議決権所有割合:100%)

VAIO株式会社の普通株式 5,000株(議決権所有割合(間接所有割合込み):93.0%)

取得価額: VJHD3およびVAIOの普通株式(概算額) 111億円
アドバイザリー費用等(概算額) 1億円
合計(概算額)112億円
株式譲渡予定日 株式譲渡契約締結日 2024 年 11月 11日
株式譲渡効力発生日 2025 年 1 月 6 日(予定)

※VJホールディングス3株式会社はVAIO株式会社の株式91.4%を保有。

出典 2024年11月11日 株式会社ノジマ 「VAIO株式会社およびVAIO株式を保有するVJホールディングス3株式会社の株式取得(子会社化)に関するお知らせ

 

VAIO買収の背景

VAIO買収の目的

ノジマは、先に述べた通り、グループシナジーを発揮しつつ、家電専門店の運営事業以外の分野に積極的に進出しています。

多角化戦略の一環として、①PCに関し、企画・設計から製造・販売、アフターサービスに至るまでを一気通貫でのワンストップで対応が可能。②特に法人向け事業に注力 というVAIO事業を取り込むことで、新たなビジネス展開が可能となります。原則、現在のVAIOの事業運営方針やお客様との関係について変更をしない想定です。

参考記事 「M&Aで新しいビジネスを始めるメリットとデメリットについて解説!

VAIO買収後の計画

ノジマ発表による開示資料によると、VAIOの買収後、以下のような計画をしております。

①ノジマとVAIOの双方の顧客基盤を活用した事業機会の創出・拡大

②ノジマグループの安定的な財務基盤を生かしたVAIO財務戦略の強化・推進等

③それぞれの強みを生かしてグループシナジーを発揮すること。

これにより、VAIO及びノジマグループの企業価値向上を目指す想定です。

 

まとめ

楽天やソフトバンクのように、M&Aによって事業の多角化を成功させてる企業は数多くあり、ノジマもその代表的な企業です。ノジマは、M&Aによって進出した事業で祖業の家電量販店事業を凌ぐ売上を計上しています。

ノジマは、過去のM&Aでは、幹部陣を派遣し、PMIを行っておりましたが、今回のVAIO買収では、当面はノジマから役員などは派遣せず、VAIOの独立性を尊重する方針とのこと。この点、M&Aはノジマにとっても新しいチャレンジであるともいえます。

ノジマの野島社長は、今回のVAIOの買収について、VAIOブランドを維持し、国内で製品の開発から製造、販売戦略策定までを一気通貫で行うことで、競争力を高め、VAIOを「日本の製造業の手本にしたい」とのこと。さらに、「日本にまだないようなことを含めて新しいビジネスやシナジーをつくっていきたい」と意気込んでます。

参照 2024年11月13日 日本経済新聞「VAIO買収のノジマ、野島社長「日本の製造業の手本に

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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アクハイアリングとは?その定義・目的・事例について解説!

アクハイアリング(Acqui-hiring)とは、Acquisition(買収)とHire(雇用)をかけ合わせたM&Aに関する造語です。あまり馴染みのない単語ですが、効率的な人材確保の手法として、多様な業界で活用される手法です。アクハイヤー、アクイハイヤーをも呼ばれます。

本記事では、アクハイアリングについて解説します。

 

目次

アクハイアリングの定義

アクハイア(Acqui-hire)とは、Acquisition(買収)とHire(雇用)をかけ合わせたM&Aに関する造語です。

M&Aは、企業によってその目的やメリットは異なります。その中で、アクハイアリングは、人材獲得を目的として行うM&Aのことを指します。

高度な知識やスキル、経験を持つ優秀な人材の確保は、事業において非常に重要な戦略です。しかし、こうした優秀な人材を囲うことは非常に困難で、多くの企業が抱える課題の一つでもあります。そのため、企業は一から優秀な人材の確保を試みるのではなく、別の企業を買収することで、組織ごと獲得するケースがあります。それが、「アクハイアリング」です。

 

アクハイアリングの目的

最近では、「人的資本」という言葉を聞くようになりました。「人材」は会社の重要な「資本」であるということです。そして、事業の推進のため、人的資本を強化するためには、①人材育成と②人材採用の両面が必要となります。人材育成と人材採用はともに相応のデメリットがありますが、アクハイアリングをすることで、これらを迅速に解消することが可能です。

人材育成

既存の人材に、スキルアップのための教育を施します。個々の従業員が、それぞれスキルアップすることで、生産性の向上に繋がり、会社としての生産性、利益、事業幅に繋がります。しかし、一から人材教育を行うには、膨大な時間とリソースが必要になります。教育体制を整え、教育のための人材を確保することになります。そして、スキルは一瞬で身に付きません。どうしても、時間がかかってしまいます。特に、革新が目まぐるしいIT業界などでは、対応が非常に難しさを伴います。

人材採用

自社で人材育成をおこなわないのであれば、すでにスキルを身に着けた人材を採用することもできます。求人サイトや、エージェントから紹介、スカウトなどがこの例です。

アクハイアリング

新たに人材を獲得する手法として、求人をあげました。しかし、一人ひとり採用するには、時間も、採用コストもかかります。そこで、一括で組織ごと獲得するのが、アクハイアリングです。アクハイアリングでは、優秀な人材を一括で採用し、すぐに即戦力での活躍が期待できます。

 

アクハイアリングの事例

株式会社ユーグレナの事例

ユーグレナは、ミドリムシを活用した健康食品事業、バイオ燃料事業、バイオインフォマティクス事業を運営しています。2012年の上場以降、バリューチェーンの強化、新領域への拡大を目的としたM&Aを行っていましたら、2018年以降はアクハイアリング目的のM&Aを実行しています。

具体的には、デジタルに特化したD2C人材の獲得を目的として、以下の企業を買収しました。

2018年4月 健康食品D2C企業の株式会社フック

2019年6月 健康食品D2C企業の株式会社MEJ

2021年3月 スキンケアD2C企業の株式会社LIGUNA

年々、デジタル人材の採用は難しくなっており、そのノウハウを持った優秀な人材を数多く獲得するため、アクハイアリング目的のM&Aを行いました。

TIS株式会社の事例

TISは、国内大手のシステムインテグレーターで、主にクレジットカード会社の基幹システム開発に強みを持っており、近年は、事業領域に拡大をしており、特に、金融包摂、スマートシティ、エネルギー、ヘルスケアの4つの分野にて、M&Aを含めた規模の積極投資を行っております。

2020年8月に、データ分析・AIのコンサルティングを行う澪標アナリティクス株式会社を子会社化。TISグループのDX/データ活用のビジネスを拡大するための、人材を獲得 する目的と言われています。

また、2022年8月には、業務システムのUI/UXデザインコンサルティングを行うFixel株式会社を買収。TISグループの中心事業であるシステム開発をより上流工程への進出のために、必要なコンサルティング人材を獲得しました。

 

まとめ

昨今の社会問題である人材不足を解決するために、アクハイアリングは有効な手段であると考えられます。特に、DXの必要性の高まりを背景に、当該分野のスキルのある人材の獲得のためのM&Aの件数が増加傾向となると予想されます。また、AI分野においても、同様の傾向が見られるでしょう。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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ワタミがサブウェイの日本法人を買収!本M&Aの概要・背景・シナジーについて解説!

2024年10月25日、居酒屋を全国展開していることで有名なワタミは、サンドウィッチで有名なサブウェイの日本法人(日本サブウェイ合同会社)を買収し、子会社化することを発表しました。一見、ワタミの居酒屋事業とサブウェイのサンドウィッチでは、縁がなさそうに思えます。今回のM&Aにどのような狙いがあるのか解説します。

 

目次

ワタミの沿革

1984年 創業者である渡邉美樹が有限会社渡美商事を設立 居酒屋「つぼ八」高円寺北口店を譲り受け、フランチャイジーとして事業を開始
1992年 居酒屋「和民」を渋谷に出店
1999年 「T.G.I. Friday’s®」日本1号店を東京都渋谷区に出店
2001年 居食屋「和民」の海外新規出店1号店目として、香港・九龍尖沙咀に出店
2002年 有限会社ワタミファームを設立し、千葉県山武町(現 山武市)にて農場運営を開始し、農業分野に参入
2005年 老人ホームを通じた介護事業に進出
2008年 夕食食材と夕食弁当などを製造・販売する株式会社タクショクの経営権を取得し、事業ブランドを「ワタミの宅食」を設立
2012年 風力発電事業に参入し、「ワタミの夢風車 風民(ふーみん)」を、秋田県に建設
2024年 和民グループは創業40周年を迎えた

 

このように、和民グループは、創業時から「つぼ八」とのフラチャイズ契約を締結し、さらには高円寺北口店の事業譲渡を受けて事業を開始しており、M &Aを利用した会社の設立を行いました。また、上記には記載しておりませんが、その後も、日本製粉株式会社との資本業務提携(1987年)を行い、お好み焼き事業を開始するなど、M &Aを活用した事業の拡大に成功しています。

さらに、1999年にはニューヨークで生まれたアメリカンカジュアルダイニング、「T.G.I. Friday’s®」を日本に上陸させ、海外から日本に持ち込むことを成功させており、元々アメリカのコネチカット州で誕生したSUBWAYも日本の文化にマッチさせて、事業の拡大を狙うことが期待されています。

この他にも、2002年から有機農業に取り組んでおり、自社で採れた野菜を宅食事業に生かすなどの事業相互でシナジーを生み出してきました。そのような農作物はSUBWAY事業でも、生かされることでしょう。

 

ワタミの課題

外食産業を中心に営んでいる和民グループはコロナ禍で大きな打撃を受けました。居酒屋業態の店舗は2年余りで半減しました。

もっとも、代わりに宅食の売り上げが増加。また、渡邉会長は、コロナ禍が明けても、在宅ワークの増加や若者の飲み文化の減少により、居酒屋の需要がコロナ前にまで戻ることは難しいと考え、2022年頃には居酒屋のうち、郊外立地する店舗を焼肉業態へ転換しました。

このように、もともと居酒屋業態中心から、多角化を推進し、業態を拡大しています。

 

日本サブウェイ合同会社に対する買収の概要

買収企業 ワタミ株式会社
売却株式 100%
取得価格 守秘義務により非公開
株式譲渡予定日 2024年10月25日

ワタミは、世界的にブランド力を有する「SUBWAY」の日本法人の100%を取得し、完全子会社にした上で、マスターフランチャイズ契約により、アメリカの法人から今後10年間、SUBWAYの店舗を国内で運営する権利を取得することになります。

2023年12月期の日本サブウェイ合同会社は、売上高536百万円、営業利益30 百万円、純資産416 百万円と安定した売上、利益を計上しているものの、右肩上がりに成長をしているわけではありません。

2024年10月25日 ワタミ株式会社発表「マスターフランチャイズ契約の締結並びに日本サブウェイ合同会社の持分取得(子会社化)に関するお知らせ

 

ワタミによるサブウェイ買収の背景

SUBWAYはアメリカのコネチカット州で一号店を出店以来、世界に進出し、世界に4万4000店の店舗を構える世界最大級のサンドイッチチェーンです。日本において、SUBWAYは1992年に東京都港区に日本一号店を開店し、サンドイッチといえば三角サンドのイメージしかなかった時代に、サブマリンスタイルのサブウェイのサンドイッチは大きな話題と人気を集めました。

実は、日本に参入した当時は、日本サブウェイにはサントリーが出資してマスターフランチャイズ契約を締結していて、参入当初はアメリカと同様のメニューしかなかったのですが、サントリー側の提案で徐々にメニューは日本市場に適応したものに変えられて、「てりやきチキン」や「えびアボカド」のように日本人が独自で好むメニューが開発されていました。そして、10年前には全国で400店舗以上を展開するまでに至りました。

しかし、SUBWAYのアメリカ本社は世界戦略として海外展開を現地パートナーに委ねる形から本社が一元管理をする方向へと転換をしたことで、2016年に契約満了に伴ってフランチャイズ契約を解消されました。これによって、日本人の舌に合わせたメニューの展開やオーダー方法の選出が難しくなり、業績は悪化。現在は178店舗まで減少しました。

2023年に創業者のフレッド・デルーカが死去し、経営権は創業家から投資ファンドへと移り、世界各国の市場はやはりそれぞれの文化に合わせて経営したほうが好ましいと判断となり、現在に至ります。。

 

ワタミとサブウェイのM&Aによるシナジー

日本の外食需要に理解が深く、店舗拡大ノウハウに強みを持ち、40年に渡り日本の外食市場で業績を拡大してきたワタミであれば、日本のSUBWAYのシェアを伸ばすことができると考えられます。

具体的には、SUBWAYの提供するサンドイッチは日本の文化では昼食として親しまれることが多く、夜の売上が大きく落ちることも弱点として考えられていますが、居酒屋チェーンを展開し、夜の外食産業に強みのあるワタミだからこそできる、夕食向けのメニューの考案も期待されるでしょう。

また、ワタミ自身もファーストフード事業に参入することで、食の総合企業としての事業展開を強化、ワタミファームの有機野菜を使用した商品開発、フランチャイズ展開のノウハウの強化、海外進出の促進等、様々なシナジーを生み出すことも可能です。

今後、ワタミは全国の商業施設や駅前などに出店を拡大し、将来的には国内3,000店舗、1店舗あたりの売上7,000万円、概算で2,000億円の売上を目指します。渡邉会長は「まずは10年で250店舗の出店を必ず達成したあと、年間150店舗の出店を続けていける体制を組んでいきたい」と述べています。

また、渡邉会長自身SNSで、「野菜が大好き」、「SUBWAYが大好き」という熱い気持ちを有しており、夢の電車が走り出したと述べ、ファーストフード日本一という奇跡を起こすと意気込んでいます。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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自社株買いとは?基本からメリット・デメリット・手続きについて解説!

自社株買いを行うことで自社の株価に大きな影響をもたらすことや、自社の株保有率を図ることができます。もっとも、自己株式の取得は安易に行われてしまうと会社財産を流出させてしまう恐れがあるので、固有の手続きが求められます。

そこで、今回は、自社株買いのメリットデメリット、取得の手続きについて解説していきます。

 

目次

自社株買いとは?

自社株買いとは、会社が自社の発行した株式を取得することをいいます。また、会社法上では「自己株式取得」と呼ばれます。

会社法155条では、「株式会社は、次に掲げる場合に限り、当該株式会社の株式を取得することができる。」としており、155条3号にて、株主との合意による自己株式有償取得の総会決議があった場合に自己株式を取得することを許容しています。

また、155条3号は取得目的を限定していないので、会社は株主総会をはじめとする一定の手続きさえ取れば、基本的にどのような目的であっても自社株を取得することができます。

 

自社株買いのメリット

株価低下の防止

会社の業績が悪化すると株価が低下し、ひいては株主の資産が低下するため、株主から会社への不満は募ります。そこで、業績悪化の報告とともに、現在の市場価格よりも高い価格での自社株買いを公表することで、株価低下と自社株買いの株価上昇を拮抗させて株価を維持することができます。

 また、自社株買いを行うと、ROE(自己資本利益率)が向上し、PER(株価収益率)の低下、PBRの低下をもたらし、会社が市場で高く評価される傾向にあり、その結果、株式の買い動向が強まり、株価上昇へと繋がります。

PERとは、株価が、一株あたりの純利益の何倍の価値になっているかを示すもの。 現在の株価が、その企業の利益と比べて割高か割安か判断する指標。PERは「株価÷EPS(当期純利益を発行済株式数で割った値)」で算出します。つまり、自社株買いによって、発行済株式数を減らすことで、EPSが高くなり、PERを低下することができます。

※ROEとは、投資家が投下した資本に対し、企業がどれだけの利益をあげているかを示すもの。ROEが高いほど経営効率が良いということができます。ROEは「当期純利益÷自己資本×100%」で算出することができます。つまり、発行済株式数が減ればROEが高くなるため、経営効率の良い会社として投資家から評価されやすくなります。

希薄化の回避

株式会社の資金調達の方法として株式発行が行われることは多くあります。 もっとも、株式の発行によって、市場に流通する株式総数が増え、一株あたりの価値及び権利が低下してしまいます(=「株式の希薄化」)。

自社株買いは流通している株式を回収することになるので、希薄化を防止することができます。そこで、株式発行と同時に自社株買いを同時に行うことで、希薄化による株価低下を防ぎます。

ストックオプションで付与する株式の調達

ストックオプションとは、従業員や経営陣があらかじめ決められた期間に決められた価格で自社の株を購入できる仕組みのことです。 その時には会社に資産がなくても、会社が成長したり、業績が回復した時に株式を権利行使価格で購入し、時価で売却することでその差額分の利益を受けることができます。自社株の価値の上昇が自己個人の利益に直結するので、従業員のモチベーションの維持にも繋がります。

そのようなストックオプションで付与するための株式の調達方法として、自社株買いが採用されることがあります。

自社の保有株率を上げる/株主の保有株率を下げる

公開会社の場合、市場に流通している株式がいつの間にか特定企業に買い集められていたという場合があります。特定の株主が過半数を保有し、実質的に会社が乗っ取られるというケースもあります。 そのような乗っ取りを防止するために、自社株買いによって自社の保有率を増やす方法が有効です。

また、敵対的買収に備えるという側面もあります。敵対的買収では株式公開買付けまたは市場取引を通じて、対象会社を支配するだけの数の株式を取得する方法が取られますでそこで、自社株買いでは、上記のように持ち株比率と同時に株価の上昇を狙えるので、買収しにくくさせることもできます。

配当金の節約

自己株式に配当金を付与することは会社法上、禁止されています(会社法453条括弧書き)。 そのため、自己株式として保有するに至った分については、剰余金の配当がなくなるのでその分会社の支出は減ることになります。

事業承継での活用

事業承継における自社株買いのメリットは大きく分けて2つあります。

相続税の負担軽減

事業承継する際には、受け取った現金や事業用資産などに相続税や贈与税がかかり、相続人は一気にその多額の相続税や贈与税を負担することになります。また、引き継いだ土地や建物、機械などはすぐに現金化することができず、税負担を工面することが困難な場合も少なくありません。さらに、税金には支払いに期限があるのでできるだけ迅速に現金を取得することが必要です。

そこで、自社株買いを行えば、後継者は相続税や贈与税の支払いに必要な資金を調達できるので、後継者が負担する税金の支払いに充てることができます。

株主分散防止による経営の安定

複数の株主に分散して保有されている自社株を買い取ることにより、後継者への事業承継に反発する株主を排除して、スムーズな承継を行うことができます。また、承継後も後継者が自由にリーダーシップを発揮することができる環境作りにもつながるでしょう。 

 

自社株買いのデメリット

自己資本率とは、総資本のうち純資産(新株予約権を除く)の占める割合を指し、自己資本に依存している割合を示すものです。自己資本比率が高い場合は、総資本の中に返済しなければならない負債(他人資本)によって賄われている部分が少なく、健全性が高いと言えます。

自社株買いによって、自己資本率が低下するので、財務リスクがあると見られ、投資家や株主からの評価が落ちてしまうと言うデメリットがあります。

 

自社株取得の手続き

厳格な手続きの置かれている理由

実は、平成13年商法改正前までは、自己株式取得は原則として禁止されていました。これは自己株式取得を自由化することは、様々な弊害があると考えられていたからです。例えば、①一部の株主から高い価格で自己株式が取得される危険があり、これによって他の株式が損失を被る、②グリーンメーラー(株式を買い集め、株主権の行使などを脅迫の手段として用いながら、会社に高値での株式買取りを求める者)からの自己株式取得や、③買収防衛策としての自己株式取得など、不当な目的での取得がなされる危険がある、④相場操縦やインサイダー取引など資本市場での不公正取引の手段として自己株式取得がなされる危険があるとされていました。

しかし、自己株式の取得を自由化することは、会社に使途のない余剰な資本がある場合に、株主から自己株式を取得すると言う形で、会社が株主に余剰資本を返却することを促すことになるので、自由化させるメリットが大きいため、①〜④のリスクを回避する厳格な手続きを設けることで、自己株式取得を自由化しました。

そのため、自己株式の取得には以下のような厳格な方法を取る必要があります。

手続きの詳細

 原則的な方法

すべての株主を対象に売却勧誘した上で自己株式の取得をを行う方法(会社法156条~159条)が原則的な方法と位置付けられています。具体的な取得方法は以下の通りです。

①株主総会普通決議で、取得数自己株式総数の上限、取得対価の総額の上限、取得できる期間(最長で1年)といった大枠を定める(156条1項、309条2項2号参照)。

②実際に自己株式を取得する都度、取締役会設置会社では取締役会において、株主総会決議で定められた枠内で、取得する自己株式の数、1株あたりの取得対価、取得対価の総額、株式の譲渡しの申し込みの期日を定める(157条)。

取締役会非設置会社では、特に決定機関は規定されていないので、取締役会の過半数(348条2項)で上記のことを決定すれば良いという見解と、株主総会普通決議で決定する必要があるという見解があります。

③会社は②で定めたことを全ての株主に対して通知して、保有株式を会社に売却するよう勧誘する(158条1項)。(株主への通知は公開会社では公告をもって替えることができます。

④売却勧誘に応じて、株主が譲渡しの申し込みをすると(159条1項)、会社は上記②で定められた申し込み期日に株式の譲受けを承諾したものとみなされ、会社と株式との間に売買契約が成立する(同2項本文)。申込株式の数が取締役会で決定した取得数を超える時は、これを按分比例した数の株式の譲受を承諾したものとみなされます(同2項但書)。

※金融商品取引法は、上場会社が上場株式である自己株式を取得する場合について、この原則的な方法を用いてはならず、全ての株主を対象に売却勧誘を行う場合は公開買い付けの方法に寄らなければならないと規定しています。

特定の株主だけに通知・売却勧誘する場合

会社が保有株式を売却するよう勧誘する通知(158条1項)を特定の株主に対してだけ行ったうえで、自己株式の取得を行うという方法も認めている。ただし、この場合には会社が特定の株主から不当に高い価格で自己株式を取得したり、不当な目的で取得する危険が特に大きいと考えられるため、厳重な手続が要求されています。

具体的な手続きは以下の通りです。

①自己株式取得に関する大枠を定める株主総会決議(156条1項)は普通決議ではなく特別決議であり(309条2項2号)

②その株主総会決議では、特定の株主に対してのみ売却勧誘の通知(158条1項)を行う旨についても決議する(160条1項)

③「特定の株主」以外の株主も特定の株主に自己を加えたものを株主総会の提案とすることを会社に請求することができる(売主追加請求権、160条3項)

④上記③を前提として、会社は法務省令で定める時まで(株主総会の招集の通知の発送時期と基本的に同じ)までに、株主に対する通知を通じて、売主追加請求権を行使できる旨を周知しなければならない(160条2項)

⑤株主総会決議に際し、「特定の株主」(売主追加請求権を行使した株主も含む)は議決権を行使することができない(160条4項)

※もっとも、以下の場合には上記③の売主追加請求権に関する規定は適用されません。

・会社が市場価格のある自己株式を、市場価格以下で取得する場合(161条)

・非公開会社が株主の相続人その他の一般承継人の同意を得て当該一般承継人から相続株式を取得する場合(162条1項本文)

・定款で株主の売主追加請求権を排除している場合(164条1項)(定款に排除の定めをおくためには株主全員の同意が必要(164条2項)

子会社から取得する方法

会社は子会社から自己株式を取得することもできます。そしてこの場合は、特定の株主に対してだけ売却勧誘を行って自己株式を取得する一場面であるが、上記のような厳格な手続きは要求されません。加えて、取締役会設置会社の場合には株主総会決議すら不要であり、株主総会決議で定めるべきことは全て取締役会決議で定めれば足りるとされています(163条)。

これは、元々子会社による親会社株式の取得は原則禁止されており、例外的に取得できる場合でも子会社は相当の時期に親会社株式を処分しなければならないとされているところ、かかる処分を容易にするため、簡易な手続で子会社から自己株式を取得することを認めるためです。

市場取引等の方法で取得する方法

会社は、市場取引または公開買い付けの方法で自己株式を取得することもでき、この場合には、会社は株主への通知・売却勧誘を行わなくてよいとされています(165条1項による158条の適用除外)。

 しかし、全ての株主に売却機会が得られるという点では、1原則的な場合 と同様で、しかも市場取引等の方法が用いられる場合には、取得価格は合理的な価格である可能性が高く、株主間の利益移転の危険は小さいといえます。そこで、株主総会の決議要件は、普通決議で足りるとされています(165条1項による160条1項の適用除外、309条2項2号参照)。

 

自社株の評価方法

自社株買いを実施する際の株価は時価で計算されることが一般的ですが、中小企業などの非公開会社では市場価格がないため、適切な算出方法によって計算することが求められます。

上場会社の場合

上場企業が自社株買いをする方法には、証券取引所やTOB(株式公開買付け)があります。
証券取引所を通して購入する場合は時価で、TOBの場合は時価に約30%上乗せした価格が一般的といわれています。

非公開会社の場合

上記のように、中小企業のような非上場企業の場合は市場取引がされていないため、直接株主と交渉して取得する必要があります。交渉といっても以下の二つの方法が合理的な算出方法として、一般的に採用されます。

【非上場企業の株式価格の評価方法】

①類似業種比準価額方式

類似業種比準価額方式とは、業種・規模が類似する企業との比較をもって株価を評価する手法をいいます。具体的な比較対象は、1株あたりの配当金額・利益金額・純資産価額です。このように、市場のデータを参考とするため客観的判断に資することが特徴です。一方で、個別の会社の事情を細かく踏まえることが難しいので実際の株式価値とはかけ離れてしまうリスクも多分に含んでいます。

そこで、あえて株価を低く評価させることで事業承継時の贈与税や相続税を抑えたい時などにこの算出方法が使われることがあります。 

②純資産価額方式

純資産価額方式とは、1株あたりの純資産価額を算定する方法です。会社が解散したら1株あたりの価値はいくらになるかという考え方で、株主にいくら還元することになるかに着目している手法です。このように、それぞれの会社の会計状況から個別に算出する方法なので、類似業種比準価額方式よりは実際の株価と近い評価になりやすいという特徴があります。

 

最近の自社株買いの動向

自社株買いは近年増加しており、2023年3月、東証が、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について、上場企業に要請して以降、短期的な株価への影響も大きいことから、市場ではこれまで以上に注目されるようになりました。

そして、2024年には過去最高記録を更新しました。具体的には、2024年1月から5月までの期間における日本企業の自社株買いの取得上限金額は、前年同期比で60%増の約9兆円となりました。最近は日米の金融政策を巡る思惑や米国経済の見通し巡る思惑が入り乱れているため、そのような情勢の中でも冷静な投資主体である、自社株買いには一定の安心感があるので、急増したと考えられます。

以下では近年の自社株買いの事例について、ピックアップします。

・2024年8月7日、ソフトバンクは取得価格の上限を5000億円、取得株式の上限を100百万株(発行済株式総数(自己株式を除く)に対する割合:6.8%)、取得期間を2024年8月8日~2025年8月7日として、自社株買いを行いました。

株主還元の一環として、自社株買いを行ったとソフトバンクは述べています。

 背景には資本効率改善に向けて自社株を効率よく取得するほか、市場に自社の株価が割安だと伝える狙いがあると考えられています。

【参考】

2024年8月7日 ソフトバンクグループ株式会社 自己株式取得に係る事項の決定に関するお知らせ 会社法第165条第2項の規定による定款の定めに基づく自己株式の取得 

https://group.softbank/news/press/20240807

・2024年8月7日、資本効率の向上、および株主還元の充実を図るため、NTTは取得価格の上限を2000億円、取得株式の上限を14億株(発行済株式総数(自己株式を除く)に対する割合:1.66%)、取得期間をとして、自社株買いを行いました。

【参考】

2024年8月7日 日本電信電話株式会社 自己株式取得に係る事項の決定に関するお知らせ 会社法第165条第2項の規定による定款の定めに基づく自己株式の取得   

https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/08/07/240807b.html

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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I-n e社がトゥヴェール社・東亜産業子会社を買収!本M&Aについて解説!

2024年10月23日に、ヘアケア製品の「BOTANIST」、美容架電「SALONIA」でお馴染みの株式会社I-n eが、スキンケア商品を企画・販売する株式会社トゥヴェールの100%株式の取得、「SALONIA」の製造・供給委託先である東亜産業の子会社(株式会社TTrading)の一部株式の取得を発表しました。

本M&Aは、I-n e社の今後の注力領域である美容家電事業とスキンケア事業の強化を目的としたものとなります。各社の詳細及び本M&Aに関する背景について詳しく解説いたします。

 

目次

I-n eの概要

I-n eの沿革

2007年3年、美容関連商品の企画、企画販売を目的として、兵庫県宝塚市に設立。

2012年にヘアアイロン「SALONIA」、2015年にボタニカルシャンプー・トリートメントの「BOTANIST」を発売し、人気商品となり、マーケットシェアを獲得しました。その後も新商品を積極的に市場に投入し、次世代飲料リラクゼーションドリンクの「CHILLOUT」やナイトケアビューティブランド「YOLU」を人気ブランドに育て上げました。

業績面では、2020年には東証マザーズ市場へ上場を果たし、2023年に東証プライム市場へ市場区分変更を達成。

2023年12月期の売上高416億円(昨年対比+18.1%)、営業利益43.7%(昨年対比+35.3%)と増収増益、上場来4期連続で過去最高営業利益を更新しています。

I-n eの特徴

生産機能を外部企業に委託するファブレスのメーカーとして、国内外にオンライン・オフラインの販売チャネルを構築しています。

現在、「BOTANIST」「YOLU」のブランドを展開するヘアケア系、ヘアアイロンの「SALONIA」を展開する美容家電、スキンケアの大きく3つの事業を運営しています。

同社の強みは、以下の3つがあり、これらをもとに事業を成長させています。

①ブランド創出力

・「美容開拓層」、「美容マス層」双方に受け入れられるコンセプト設計

・インハウスクリエイターが約70名(2022年12月時点)所属することによりスピーディーかつ高品質なクリエイティブ力

・全国200社以上のOEMネットワークによる商品開発力

②OMO

創業来からの強みであるデジタルマーケティング力による「美容開拓層」、「美容マス層」へのアプローチ

約65,000店舗の配荷網によ、、、店頭での認知。

③IPTOS

Idea(アイデア)→Plan(企画)→Test(検証・需要予測)→OnlineOnline(テスト販売)→Scale(ECスケール、小売り拡大)の略称です。

同社独自のノウハウを蓄積していくことで、ヒット商品の成功確率を高めています。

I-n eの中期経営計画

2023年2月に、2023年12月期~2025年12月期の中期経営計画を発表。

注力領域であるヘアケア系、美容家電の継続成長を基盤に、スキンケア他の拡大とグローバル展開を目指しています。

2025年12月期は売上550億円、営業利益率13%、2028年12月~2030年12月期1000億円、営業利益率15%を目標としています。

 

株式会社トゥヴェールの概要

2002年に、化粧品の企画、販売を事業内容として創業。

創業来、高品質な化粧品を開発・提供し、2024年6月期は売上高41億円、営業利益13.5億円と高い収益力を維持しています。

 

株式会社東亜産業の子会社の概要

株式会社東亜産業は1996年設立の生活雑貨・食品・家電の卸・小売・ODM販売を運営しております。子会社である株式会社TTradingは、美容家電等の企画開発、運営、製造及び販売インターネット等を利用した通信販売、卸売及び小売を事業としております。

 

トゥヴェール・TTrading買収の背景

トゥヴェール買収の背景

I-n e社は、上述の通り中期経営計画にてスキンケア等カテゴリの拡大を目指しております。トゥヴェール社を買収することで、同社のノウハウを活用することが出来、スキンケア等のブランドヒット率の向上につなげることが出来ます。

また、トゥヴェール社にとっては、I-n e社の持つブランディング力やサプライチェーン最適化による収益力向上。オンラインチャネル販売強化、SNS等の活用した認知拡大、オフラインチャネルの開拓等により、さらなる売上高・営業利益の更なる成長が期待できます。

TTrading買収の目的

TTrading社の保有する「SALONIA」の商品企画・生産管理・品質管理機能を取り込むことでOEM先との直接取引を可能にし、約8億円ほどのEBITDAの改善効果が見込まれます。これに加え、開発スピードや品質・コスト・生産管理の向上も期待できます。いわゆる水平型のM&Aと言えるでしょう。

 

まとめ

I-n e社は、自社の強みを活かし、シナジーの見込まれる企業とのM&Aを活用して、更なるブランド価値の最大化に取り組む方針です。

これらの取り組みにより、売上高1,000億円の早期達成のための非連続成長を目指します。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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CVCとは?VCとの違い・特徴・メリット・デメリットについて解説!

CVCとは、コーポレートベンチャーキャピタルの略称です。近年、多くの企業がCVCを立ち上げ、スタートアップ企業に対して、積極的に投資を行っております。

本記事では、CVCに関して、その特徴やVCとの違い、メリット・デメリットについて解説します。

目次

CVCとは?

CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)とは、事業会社が自己資金でファンドを設立し、スタートアップ企業に対して、出資とともに戦略的支援を行う投資手法です。

なお、自社でファンド形態をとるケースのみならず、専門のVCファンドと組む形態をとる場合もあります。ファンド形態にする場合、監督庁への届け出や従業員の報酬体系を変更するなど本格的な手続きが必要になるため、自社の戦略的投資予算を切り出したものをCVCと呼ぶ場合もあります。

 

CVCとVCの違い

一般的なベンチャーキャピタル(VC)とCVCの最大の違いは、その目的と出資の背景にあります。

VCは主に収益性を追求し、将来のキャピタルゲインを目指して出資する一方、CVCは事業会社の戦略的目標を達成するための手段として使われることが多いです。

VCは幅広い産業や分野に投資し、リスク分散を図りますが、CVCは自社のコアビジネスに関連する分野や技術に特化して投資します。このため、CVCは自社の持つ資源や専門知識を最大限に活用することができます。

また、VCは短期間でのリターンを重視するため、投資先の企業に対しても短期的な成長圧力をかけることが多いです。一方、CVCは長期的な視点で投資を行うため、投資先企業も安定した成長を見込みやすいと考えられています。

VCに関しては、「VCとは?仕組みとメリット・デメリットについて解説!」の記事も御覧ください。

 

事業会社側がCVCを設立するメリット・デメリット

メリット

新規事業立ち上げのコストとリスクの削減

M&Aの場合は株式を半数以上買い取ったり、事業譲渡として対価を支払う必要があるので多額の支出を余儀なくされます。一方で、CVCによる投資は、M&Aと異なり、直接的な経営権は獲得できないものの、投資額を抑えながら、自社の事業とのシナジーを生み出すことが可能です。

また、ハイリスク・ハイリターンと言われるスタートアップ投資であっても、大企業であればそのリスクを一定程度許容できる財務基盤があります。このため、企業のとっては投資のリスクを統制しつつ、新たな成長機会を探ることが可能となります。

新技術の獲得や新市場の開拓

新技術の開発には、多額の設備投資、人材採用、技術やノウハウの入手などが必要になります。加えて、新市場への進出には、相応の時間も資金も労力を要します。

CVCによって、新興企業に投資することにより、投資先企業の設備や人材、ノウハウをそのまま活用することが出来ます。さらには、企業と投資先の連携により、スピーディーに市場ニーズに対応することも可能となります。

スタートアップ企業による革新的なアイデアと事業会社の経営資源の融合

CVCはM&Aと異なり、経営権がスタートアップ企業の創業者に残るケースがほとんどです。そのため、スタートアップ企業の創業者が、引き続き事業を遂行し、古い企業にはないクリエイティブな事業を進めることができます。スタートアップ企業のイノベーティブなアイデアと事業会社が有する経営資源の融合で、革新的な商品開発や事業分野の創出が見込まれます。

 

デメリット

財務への負担

スタートアップの事業が失敗する可能性も少なからず存在します。そのため、事業会社にとっては、投資回収が出来ず財務的な損失が発生する恐れもあります。

長期戦であること

上記で述べたように、VCによる投資とは異なり、キャピタルゲインを直接の目的としていないため、CVCによるスタートアップ企業への投資は、結果が出るまでに相応に長い時間が要します。半年や1年で結果が出るケースは少なく、数年単位の時間が求められます。

また、未上場のスタートアップ企業に対する投資であるため、結果が出るまでの間、売却などを通して利益を得ることもできません。

 

スタートアップ企業側へのメリット・デメリット

メリット

自社のブランド力の向上

規模が大きく、知名度のある事業会社からの投資を得られることでスタートアップ企業の社会的信頼につながり、自社のブランド力が向上します。その結果、他のVCからの投資を受けやすくなり、資金調達が容易になるというメリットがあります。

事業会社によるサポート

スタートアップ企業はこれまで積み上げてきたノウハウや外部企業とのネットワークがないことで、事業をグロースさせることが出来ないケースもあります。 CVCから投資を受けることにより、事業会社の経営資源を利用することができるため、事業会社が長い時間をかけて培ってきたノウハウやネットワークを活用することが出来、事業の成長を実現することが可能です。

投資による資金調達を行うことができる

融資による資金調達の場合は、借入先である銀行に対し、返済期限までに借入金額を一定金額ずつ弁済する義務を負い、さらには利息の支払いを求められるため、返済額、返済期限を考慮に入れて、事業を進めなければなりません。

一方で、CVCから投資を受ける場合は、初めから事業会社は長期的な視点で投資していること、融資でなく投資のため、決まった返済期限はありません。

 

デメリット

経営の自由の低下

事業会社が一定割合の株式を保有していることから、スタートアップ企業の経営・事業方針に関与するようになる可能性も考えられます。CVCは出資をしているからといって、必ずしもベンチャーの重要な経営の意思決定を出来るわけではありませんが、事業会社も自身の利益を高めるためにスタートアップ企業の経営への介入を図るケースも少なくありません。

事業会社の競合他社との取引制限

CVCから投資を受けた場合、資本関係が生じるため、事業会社の競合他社に当たる企業との取引を行うことが難しくなるおそれがあります。

 

主要なCVCの企業

以下では、具体的な海外CVCや国内CVCを紹介し、その特徴について説明します。

NTTドコモベンチャーズ

2008年にNTTドコモの子会社として設立されたCVCです。携帯キャリアの市場は常に競争が激しいことから、通信事業以外でのコンテンツ力の強化により、他キャリアとの差別化を図る戦略の下、投資を行っています。

2024年10月12日現在、同社のHPによると投資先149社、IPO26社の実績。2024年もすでに11社に投資実行し、例えば、以下の企業のように、エンタメ、インフラ、ヘルスケアと様々な領域に展開しております。

トータルフューチャーヘルスケア株式会社:2024年10月4日出資、ヘルスケア領域における「急変の早期発見」および「軽症での早期発見」ソリューションの開発

パラレル株式会社:2024年2月14日出資、友達と遊べるたまり場アプリ「パラレル」の企画・開発・運営

dhost Global株式会社:2024年8月27日出資、モバイルネットワークオペレータおよびISP向けの屋内インフラシェアリング事業

IPO実績では、株式会社SHIFT株式会社ジモティーセーフィー株式会社株式会社スペースマーケット など、今となってはお馴染みの有名企業の成長をサポートしてきました。

NTTドコモベンチャーズ 公式HP参照 https://www.nttdocomo-v.com/portfolio/

 

Zベンチャーキャピタル

2012年にヤフーにより設立されたCVCで、主にCommerce、Media、AI等のインターネット事業に対して投資を行っており、投資先は約200社に上ります。新規事業に投資する方針に加え、ヤフーの事業分野であるインターネット事業でのシナジーを図ることを目的としています。 

具体的な投資先には、オンライン印刷通販を行うラスクル株式会社や、「ビズリーチ」でお馴染みのビジョナル株式会社、マーケティングソリューションの口コミグルメサイトのRettyがあり、中には上場を果たしたベンチャー企業もあります。また、最近では投資先は国内にとどまらず、アジア・アメリカなど世界規模に及んでいます。

Zベンチャーキャピタル 公式HP参照 https://zvc.vc/

 

GMOベンチャーパートナーズ

GMOインターネットグループにより2005年に設立されたCVCです。主に IT 系ベンチャー企業へ投資を行っています。現在まで100社程度の企業に出資。

投資先のビジネスチャット「Chatwork」を運営するkubell株式会社、家計簿アプリの株式会社マネーフォワード、クラウドソーシング事業のランサーズ株式会社

等はIPOを実現し、新しいマーケットを切り開きました。

GMOベンチャーパートナーズ 公式HP参照 https://gmo-vp.com/

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。

株式譲渡と事業譲渡の違いとは?会計・税務上の違いからメリット・デメリットまで解説

M&Aには、株式譲渡と事業譲渡の2つのスキームがよく使用されます。もっとも、どちらを選択するかによって、譲渡の対象となる資産の範囲や、契約内容の違い、会計上の計上の違い、税金の取扱いの差が生まれます。

そこで、これらの相違点を理解して、株式譲渡と事業譲渡どちらが自身の実現したいM&Aに適しているかを判断する必要があります。

目次

株式譲渡と事業譲渡の定義

定義の違いは以下の通りです。

株式譲渡

買い手会社が代金を支払って、売り手会社の株式の全部又は一部を取得する方法を指します。

事業譲渡

売り手会社の特定の事業を買い手会社に譲渡し、買い手会社が譲渡対価を支払う方法を指します。

 

株式譲渡と事業譲渡の相違点

対象となる資産等の範囲

株式譲渡では、売り手会社の株式が譲渡の対象となります。そのため、売り手会社の持つ資産や負債も包括的に引き継がれます。また、譲渡後の会社の業績の変動による株価の推移も全て包括的に引き継ぐことになります。

一方で、事業譲渡では、売り手会社の保有している事業の全部又は一部に関連する限りの資産や負債を引き継ぐことになります。そのため、売り手会社の資産や負債を包括的に引き継ぐことはありません。そこで、譲渡対象の範囲については、資産や負債について個別に契約書で明記することが求められます。

取引の主体

株式譲渡において、株式は法人であっても個人であっても保有することができるため、主体が法人である場合も個人である場合もあります。

一方で、事業譲渡の場合は、資産や負債を有しているのは法人であり、それを引き受けるのも法人なので、主体は法人に限られます。

課税方法

株式譲渡の場合は、消費税は非課税取引に分類されるため、課税されることはありません。もっとも、株式を譲渡した際の譲渡益には、主体が法人であれば法人税が、個人であれば所得税が課されます。

一方で、事業譲渡の場合は、資産を譲渡することになるため、対象の資産について消費税が課されます。また、加えて、譲渡益には株式譲渡と同様に法人税が課されます。 

M&Aの形態 売り手 買い手 その他
株式譲渡 法人:譲渡益に対して通常の実行税率約30%が課税される

個人:譲渡益に対して、約20%が課税される

課税関係は生じない 

(のれんの償却は税務上の損金算入ができない。)

消費税:課税されない
事業譲渡 対象会社で譲渡資産の譲渡益に対して通常の実効税率約30%が課される 営業権(のれん代)は5年で償却 消費税:課税対象資産の対価に対して課税される

「のれん」の発生の有無

「のれん」とは、「ブランド」「ノウハウ」「顧客価値」など会社の貸借対照表に計上されていない無形の資産のことを指します。

合併対価(新たに発行される株式の価額)が受け入れた純資産(資産ー負債)を上回る場合には、その差額をのれんとして処理します。

日本では現在、20年以内に規制的に償却し、その資産に計上したのれんという資産の減損の兆候(損失発生の可能性)がある場合に一定の方法でテストを行なって、損失に計上するというルールになっています。

株式譲渡の場合は、単体財務諸表上では単なる株式の取得であるため、のれんは計上されず、連結財務諸表の処理の中で計上されます。

一方で、事業譲渡の場合は、承継した事業の純資産価格と譲渡対価の差額がのれんとして計上することになり、数年という償却期間を経て償却され、税務上も損金として扱われます。

のれんの会計処理については、複雑なので以下の具体例を用いて比較しましょう。

株式譲渡のケース:売り手は、対象会社の発行済み株式総数の100%持分(取得価格2億円)を4億円で買い手に売却した。

事業譲渡のケース:対象会社の一部の事業部門(譲渡対象資産の簿価2億円)を4億円で売却した。

M&Aの形態 売り手(対象会社の親会社) 買い手 対象会社
株式譲渡 現金400 /子会社株式200

     売却益200

子会社株式400  /現金400 仕訳なし
事業譲渡 仕訳なし 資産200  / 現金400

のれん200

現金400 /資産200

                売却益200

 

株式譲渡と事業譲渡の選択方法

上記の差異を踏まえて、株式譲渡と事業譲渡のメリットデメリットと共に、どの様な場合にどちらが適切といえるか、説明します。

譲渡後のリスク 

上記、①対象となる資産等の範囲 で述べたように、株式譲渡は包括承継であるので、計上されていない簿外債務や現在抱えている法的なトラブル等を承継してしまう恐れがあります。

一方で、事業譲渡は個別承継なので、簿外債務やトラブルを承継することはなく、その点で株式譲渡よりもリスクを抑えることができます。

もっとも、株式譲渡を選択するのであっても、デューデリジェンスの実施による簿外債務やトラブルの不存在の確認、それに伴う表明保証の作成によって当該リスクを最小限に抑えることはできます。

手続きの円滑さ

株式譲渡の方法による場合は、株式譲渡契約書が最終契約書の役割を果たすので、株式数、譲渡価格などが明確に記載され、可視化することも比較的簡単に行うことができます。

一方で、事業譲渡は個別承継となるので、事業譲渡契約書では、範囲設定にお互いの誤解の内容に明確に行う必要があり、さらに従業員や取引先等について個別に契約を締結することも必要となるので、いくつもの契約が必要となり手続きは煩雑となります。

そのため、株式譲渡に比べて、クロージングまでも時間がかかってしまいます。

M&A後の営業の制限

株式譲渡には、譲渡会社の事業に関する譲渡後の制限はありませんが、事業譲渡の場合は、譲渡会社は事業譲渡後20年間は同一の市町村の区域内および隣接する市町村の区域内で、譲渡した事業と同一の事業を行うことができません(会社法21条1項)。

許認可の譲渡

株式譲渡の場合は、包括承継であるので、譲渡会社の保有する許認可も一緒に引き継ぐことができます。

しかし、事業譲渡の場合は、あくまでも資産を引き継ぐだけなので、許認可等は引き継がれません。

そのため、人材紹介業や産業廃棄物処理業など、独自の許認可が必要な事業の場合には株式譲渡の方法がおすすめです。

売り手会社の存続

株式譲渡で譲渡してしまうと、会社そのものを手放すことになります。

一方で、事業譲渡であれば、事業のみを切り出して譲渡することになるので、会社自体を手放すことはありません。

そのため、譲渡側が企業そのものを手放したくない場合には、事業譲渡を選択するほうが良いでしょう。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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