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M&Aにおける善管注意義務とは?その重要性と対策について解説!
2024.08.24
善管注意義務は、M&Aなどの意思決定において取締役をはじめとする役員が果たすべき義務を指し、違反すると損害賠償責任を追及される可能性があります。そのため、どのような善管注意義務を負っているのかを把握することが求められます。本記事では、善管注意義務の重要性と具体的な対策について説明します。
目次
善管注意義務とは何か
善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ)とは、他人の財産や業務を取り扱う際に、自己の財産や業務と同等以上の注意を払う義務を意味します。
会社の役員は、従業員と異なり、会社との間で雇用契約を締結しておらず、委任契約がていけつされており、法は、役員等に善管注意義務を課しています(会社法330条・民法644条)。そして、これに違反すると任務懈怠として、会社法上損害賠償請求を受ける恐れがあります。
M&Aにおける善管注意義務の重要性
M&Aプロジェクトでは、会社の業務体制の変化、事業内容の変化を伴うため、慎重な判断が求められており、当該判断において善管注意義務が遵守されることが必要です。
これは、買収企業と被買収企業の双方の利益を守るためであり、善管注意義務が果たされない場合、不正確な情報に基づく決定が行われたり、重要なリスクが見落とされる可能性があります。その結果、M&Aの失敗や法的紛争に発展するリスクが高まります。
もっとも、M&Aによるシナジーを得ることができるか否かは、予測不可能なこともあり、ある種、経営判断に頼らざるを得ないのです。そのため、結果的に失敗したからと言って善管注意義務違反を認めていては、経営が委縮してしまいます。
そこで、善管注意義務違反の有無の判断には、経営判断原則が適用され、具体的には①情報収集のプロセスの適切性、②当該情報をもとにして一般的な経営者の能力を基準に著しく不合理な判断がなされたか、という点から、善管注意義務違反の有無は判断されます。
M&Aにおける善管注意義務を果たすための具体的な対策
徹底したデューデリジェンス(企業調査)の実施
相手企業の財務状況、法的リスク、業務運営の実態についての情報を収集することで、上記経営判断原則の①情報収集のプロセスに対する善管注意義務違反を防止することができます。
法律、会計、税務の専門家による適切なデューデリジェンスを行っていれば、結果にかかわらず、適切に情報収集されたとみなされることが多いので、専門家によるデューデリジェンスを行うことがおすすめです。
また、デューデリジェンスを行った記録は、自身が善管注意義務を怠らなかったことを基礎づける証拠となるので、作成・記録しておくことが求められます。具体的に必要となるデューデリジェンスの内容は、以下の記事を参考にしてください。
参考記事:「デューデリジェンスとは?M&Aの成功を確実にするための方法」
利益相反該当性の確認
利益相反行為とは、会社の利益と相反する取締役個人の利益を有する行為を指します。
具体的には、企業の役員が自身が所有する関連会社と取引を行う場合等が挙げられます。 例えば、企業Aの役員が、自身の所有する会社Bに有利な条件で商品を供給する契約を締結した場合、企業Aの株主や他の利害関係者にとって不利益となる可能性があります。
そして、利益相反取引を行う場合は、役員等が会社の利益よりも自己の利益を優先してしまうことが予測され、ひいては会社に不利益をもたらすため、会社法上厳格な規制がなされています。
もっとも、会社法上の手続きを踏んで利益相反行為が行われたとしても、経営判断原則が適用されないというのが判例の運用であり、経営判断原則の判断枠組みではなく、ストレートに善管注意義務が認められてしまうというリスクがあります。
善管注意義務違反のリスクとその回避策
善管注意義務を怠ると、法的責任の追及、損害賠償の請求(会社法423条・429条)、M&Aの失敗などのリスクが生じます。これらのリスクを回避するためには、まず、関係者全員が善管注意義務の重要性を理解し、その遵守に努めることが必要です。
さらに、善管注意義務は一時的ではなく、常に果たされている必要があるので、定期的な内部監査や第三者機関による監査を実施することで、善管注意義務の履行状況をチェックし、問題が発生する前に対応することができます。
また、内部監査を怠った場合は、監視監督義務(会社法362条2項2号)違反の責任を問われる恐れがあるので、継続的な履行状況の確認を怠らないようにしましょう。
実際の裁判例
利益相反・法令違反についての裁判例
上記にも述べましたが、取締役が個人的利益を優先させた場合(利益相反取引を行た場合)、法令違反の場合には経営判断の原則は適用されず、違反行為として責任が問われるというのが凡例の考え方です(東京地裁平成8年2月8日判決、平成12年9月28日判決、平成15年5月22日判決など)。
取締役が取締役の地位を利用して自己と密接な関係にある会社に融資させ、会社に損害を被らせた事案のように形式的には利益相反に当たらない場合であっても、構造的な利益相反を認めて、経営判断の原則を適用せずに責任を問う裁判例もあります(東京高裁平成16年12月21日判決)。
一方で、取締役が自己の関連会社に子会社株式を不当に廉価で売却させた事案のように実質的な利益相反の疑いがある場合でも、経営判断の原則の枠組みを用いる裁判例もあります(例: 大阪地裁平成25年1月25日判決)。もっとも、当該判例は取締役の背信的意図が認められる事例であったため、利益相反を持ち出さずして取締役に責任追及することが可能であったという特殊性があります。
異業種の会社株式の取得についての裁判例
東京高裁平成28年7月20日判決では、東証一部上場企業であり、貸しビル業を営んでいた不動産会社が環境リサイクル関連のベンチャー企業をM&Aで買収したところ、買収後すぐにベンチャー企業が倒産してしまった事例で、経営判断原則を適用して、不動産会社の取締役の判断が著しく不合理とはいえないとして善管注意義務違反を認めませんでした。特に、情報収集に問題がなかったこと、投資が将来的な事業展開を見越したものであったことが評価されました。
情報収集・調査についての裁判例
東京地裁平成30年3月1日判決では、取締役が情報収集や調査を行う際、専門家であるコンサルタントの意見を信頼した事例において、善管注意義務違反とはならないとされました。
具体的な情報収集や調査の合理性が重要視され、専門家の意見に従った場合には、取締役の能力からして著しく不合理でない限り、取締役の判断が正当とされるので、当該判例から、弁護士やコンサルタントの意見を聞くことが、善管注意義務違反回避の肝であるということがわかります。
まとめ
取締役をはじめとする役員は会社法によって善管注意義務違反を負っておりますが、善管注意義務違反の有無には、経営判断原則が適用されます。
経営判断原則適用によって、善管注意義務違反を否定されるためには、情報収集が肝となり、専門家による情報収集がなされている場合は、否定されるケースが多いようです。そのため、M&Aにおいては、適切なデューデリジェンスを行うことによって、情報収集の適切性を担保することが重要です。一方、・構造的な利益相反が認められる場合には、そもそも経営判断原則の適用がないので注意が必要となります。
執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏
株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。
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