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株式譲渡と事業譲渡の違いとは? 会計・税務上の違いからメリット・デメリットまで解説
2024.10.13
M&Aには、株式譲渡と事業譲渡の2つのスキームがよく使用されます。もっとも、どちらを選択するかによって、譲渡の対象となる資産の範囲や、契約内容の違い、会計上の計上の違い、税金の取扱いの差が生まれます。
そこで、これらの相違点を理解して、株式譲渡と事業譲渡どちらが自身の実現したいM&Aに適しているかを判断する必要があります。
目次
株式譲渡と事業譲渡の定義
定義の違いは以下の通りです。
株式譲渡
買い手会社が代金を支払って、売り手会社の株式の全部又は一部を取得する方法を指します。
事業譲渡
売り手会社の特定の事業を買い手会社に譲渡し、買い手会社が譲渡対価を支払う方法を指します。
株式譲渡と事業譲渡の相違点
対象となる資産等の範囲
株式譲渡では、売り手会社の株式が譲渡の対象となります。そのため、売り手会社の持つ資産や負債も包括的に引き継がれます。また、譲渡後の会社の業績の変動による株価の推移も全て包括的に引き継ぐことになります。
一方で、事業譲渡では、売り手会社の保有している事業の全部又は一部に関連する限りの資産や負債を引き継ぐことになります。そのため、売り手会社の資産や負債を包括的に引き継ぐことはありません。そこで、譲渡対象の範囲については、資産や負債について個別に契約書で明記することが求められます。
取引の主体
株式譲渡において、株式は法人であっても個人であっても保有することができるため、主体が法人である場合も個人である場合もあります。
一方で、事業譲渡の場合は、資産や負債を有しているのは法人であり、それを引き受けるのも法人なので、主体は法人に限られます。
課税方法
株式譲渡の場合は、消費税は非課税取引に分類されるため、課税されることはありません。もっとも、株式を譲渡した際の譲渡益には、主体が法人であれば法人税が、個人であれば所得税が課されます。
一方で、事業譲渡の場合は、資産を譲渡することになるため、対象の資産について消費税が課されます。また、加えて、譲渡益には株式譲渡と同様に法人税が課されます。
M&Aの形態 | 売り手 | 買い手 | その他 |
株式譲渡 | 法人:譲渡益に対して通常の実行税率約30%が課税される
個人:譲渡益に対して、約20%が課税される |
課税関係は生じない
(のれんの償却は税務上の損金算入ができない。) |
消費税:課税されない |
事業譲渡 | 対象会社で譲渡資産の譲渡益に対して通常の実効税率約30%が課される | 営業権(のれん代)は5年で償却 | 消費税:課税対象資産の対価に対して課税される |
「のれん」の発生の有無
「のれん」とは、「ブランド」「ノウハウ」「顧客価値」など会社の貸借対照表に計上されていない無形の資産のことを指します。
合併対価(新たに発行される株式の価額)が受け入れた純資産(資産ー負債)を上回る場合には、その差額をのれんとして処理します。
日本では現在、20年以内に規制的に償却し、その資産に計上したのれんという資産の減損の兆候(損失発生の可能性)がある場合に一定の方法でテストを行なって、損失に計上するというルールになっています。
株式譲渡の場合は、単体財務諸表上では単なる株式の取得であるため、のれんは計上されず、連結財務諸表の処理の中で計上されます。
一方で、事業譲渡の場合は、承継した事業の純資産価格と譲渡対価の差額がのれんとして計上することになり、数年という償却期間を経て償却され、税務上も損金として扱われます。
のれんの会計処理については、複雑なので以下の具体例を用いて比較しましょう。
株式譲渡のケース:売り手は、対象会社の発行済み株式総数の100%持分(取得価格2億円)を4億円で買い手に売却した。
事業譲渡のケース:対象会社の一部の事業部門(譲渡対象資産の簿価2億円)を4億円で売却した。
M&Aの形態 | 売り手(対象会社の親会社) | 買い手 | 対象会社 |
株式譲渡 | 現金400 /子会社株式200
売却益200 |
子会社株式400 /現金400 | 仕訳なし |
事業譲渡 | 仕訳なし | 資産200 / 現金400
のれん200 |
現金400 /資産200
売却益200 |
株式譲渡と事業譲渡の選択方法
上記の差異を踏まえて、株式譲渡と事業譲渡のメリットデメリットと共に、どの様な場合にどちらが適切といえるか、説明します。
譲渡後のリスク
上記、①対象となる資産等の範囲 で述べたように、株式譲渡は包括承継であるので、計上されていない簿外債務や現在抱えている法的なトラブル等を承継してしまう恐れがあります。
一方で、事業譲渡は個別承継なので、簿外債務やトラブルを承継することはなく、その点で株式譲渡よりもリスクを抑えることができます。
もっとも、株式譲渡を選択するのであっても、デューデリジェンスの実施による簿外債務やトラブルの不存在の確認、それに伴う表明保証の作成によって当該リスクを最小限に抑えることはできます。
手続きの円滑さ
株式譲渡の方法による場合は、株式譲渡契約書が最終契約書の役割を果たすので、株式数、譲渡価格などが明確に記載され、可視化することも比較的簡単に行うことができます。
一方で、事業譲渡は個別承継となるので、事業譲渡契約書では、範囲設定にお互いの誤解の内容に明確に行う必要があり、さらに従業員や取引先等について個別に契約を締結することも必要となるので、いくつもの契約が必要となり手続きは煩雑となります。
そのため、株式譲渡に比べて、クロージングまでも時間がかかってしまいます。
M&A後の営業の制限
株式譲渡には、譲渡会社の事業に関する譲渡後の制限はありませんが、事業譲渡の場合は、譲渡会社は事業譲渡後20年間は同一の市町村の区域内および隣接する市町村の区域内で、譲渡した事業と同一の事業を行うことができません(会社法21条1項)。
許認可の譲渡
株式譲渡の場合は、包括承継であるので、譲渡会社の保有する許認可も一緒に引き継ぐことができます。
しかし、事業譲渡の場合は、あくまでも資産を引き継ぐだけなので、許認可等は引き継がれません。
そのため、人材紹介業や産業廃棄物処理業など、独自の許認可が必要な事業の場合には株式譲渡の方法がおすすめです。
売り手会社の存続
株式譲渡で譲渡してしまうと、会社そのものを手放すことになります。
一方で、事業譲渡であれば、事業のみを切り出して譲渡することになるので、会社自体を手放すことはありません。
そのため、譲渡側が企業そのものを手放したくない場合には、事業譲渡を選択するほうが良いでしょう。
執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏
株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。
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