M&Aにおける注意点とは?譲渡企業のオーナー様が事前に確認するべきこと解説!

M&Aを通じて株式を譲渡する際には、多くの専門知識が求められ、慎重な対応が必要です。しかし、多くのオーナー様にとって、M&Aによる株式譲渡は初めての経験であり、予期せぬトラブルに直面する可能性も少なくありません。本記事では、M&Aを進める際に特に注意すべきポイントについて、詳しく解説していきます。

目次

M&Aの注意点①:ロックアップについて

M&Aにおけるロックアップは、株式譲渡後に経営陣など重要なポジションにいる方(キーマン)が、会社売却後もその会社に一定期間残ることを言います。

最終契約書内で「キーマン条項」として規定することが一般的です。

譲受企業側からすると譲渡企業のキーマンがもつノウハウが魅力的であり、一定期間残留してもらわないと、そのノウハウが引き継げず、想定通りのシナジー効果が見込めない恐れがあることから、この規定を設けることがあります。これに加え、従業員に対して求心力があるキーマンが退職してしまうと、組織前提のモチベーション低下にもつながる恐れもあります。

注意点としては、ロックアップ期間が長すぎると、残留するキーマンの方のモチベーションが維持できなくなる恐れがあることが挙げられます。譲渡企業側のキーマン、譲受企業側で慎重に協議を行い、適切なロックアップ期間を設定することが重要です。一般的にロックアップ期間は、2~3年程度と言われています。

参考記事「ロックアップとは? 基本・目的・重要性から解除後の影響までわかりやすく解説!」

 

M&Aの注意点②:M&A専門業者との契約における専任条項の有無

M&Aを行う際に、M&A専門業者と仲介契約やアドバイザリー契約を締結することが一般的ですが、当該契約には、「専任条項」が記載されていることが一般的です。専任条項とは、並行して他のM&A専門業者への依頼を禁止する条項のことをいいます。

他の仲介会社やFAも利用して、より多くの譲受候補企業を探したいと思っても、専任条項がある場合はできなくなってしまうので契約締結時に、注意が必要です。

一方、専任と非専任ではそれぞれメリット・デメリットもあることも忘れてはいけません。非専任の場合、上述の通り数多くの譲受候補企業へアプローチが可能ですが、その分、情報漏洩のリスクや売り急いでいると思われることによる株式譲渡価格に関する交渉力が低下する恐れもあります。自社のM&Aをどのように進めたいかによって、専任・非専任どちらにするかを選択することをお勧めします。

参考記事「アドバイザリー契約とは?M&Aにおける重要な契約の基本・内容・締結プロセスについて解説!

 

M&Aの注意点③:M&A専門業者との契約におけるテール条項の確認

テール条項とは、M&Aの交渉が成立しないまま仲介契約やアドバイザリー契約が終了した場合であっても、契約終了後一定期間内に譲渡企業がM&A専門業者が紹介した企業に株式の譲渡を行った時に、M&A専門業者に手数料等を支払う必要があるという条項です。

特に、テール期間とテール条項の適用が認められる条件に注意をしてください。中小M&Aガイドライン改訂(第3版)では、テール期間は長くても2~3年とする旨は規定されています。また、同ガイドラインでは、テール条項の適用が認められる条件として、以下としています。

「M&A 専門業者が関与・接触した譲り受け側であって、譲り渡し側に対して紹介された者のみに限定すべき。ロングリスト/ショートリストやノンネーム・シートの提示にとどまる場合は対象とすべきでなく、少なくともネームクリアが行われ、譲り渡し側に対して紹介された譲り受け側に限定すべき。」

「専任条項が設けられていない場合、成約に向けて支援を受けるM&A専門業者として依頼者から選択されなかった者がテール条項を根拠として手数料を請求すべきではない」

M&A専門業者との契約締結時に、本条項について慎重に確認することをお勧めします。

2024年8月 中小企業庁財務課「中小M&Aガイドライン改訂(第3版)に関する概要資料

 

M&Aの注意点④:チェンジオブコントロール条項の有無

チェンジ・オブ・コントロール条項(Change of Control Clause、COC条項)は、企業の株主が変更された場合に発動される特定の条件や規定を定めた条項のことです。この条項は、企業の買収、合併、またはその他の支配権の変更が発生した際に、契約当事者の権利や義務を保護する目的で用いられます。販売先や仕入先、外注先、不動産の貸主、金融機関などとの契約書において、チェンジオブコントロール条項がない確認することをおすすめします。

具体的に変動する契約の内容としては、以下のような種類が挙げられます。

融資契約:支配権が変更された場合、債権者が融資を引き上げる権利を持つことがある。

労働契約:幹部社員や役員の契約に含まれ、新たな経営体制に対して異議を唱える権利や退職金の保証を定める。

取引契約やサプライ契約:新しい支配権を得た者と契約関係を継続しないという内容。

これらの契約により、ある企業が買収された場合、既存の融資契約のチェンジ・オブ・コントロール条項の適用で、最悪の場合、債務が一括返済されることを要求されることがあります。M&Aを検討する際は、自社が締結している契約書を確認し、もしCOC条項が入っている場合、契約先にM&Aが成立する前に相談することをお勧めします。

 

M&Aの注意点⑤:社内態勢の構築

M&Aで業務を引き継ぐ場合に、社内管理体制が構築されていないとスムーズな引き継ぎをすることができません。

そこで、財務、労務、法務、事務管理マニュアル、営業マニュアルなどを、可能であれば全てデータでクラウド管理することをおすすめします。

今まではマニュアル化せず、システム等を使わずに経営していたような場合は、必要なシステムを導入することも必要となります。また、部署や事業ごとに誰がキーパーソンで、何人体制で回っているのか、大体可能な人材なのかなデータ化することも、円滑な引き継ぎをする上で重要になります。また、株主や役員が私的利用しているものについて清算して、0にしておくことで今後のトラブルを防止しましょう。

 

M&Aの注意点⑥:デューデリジェンス(DD)への備え

M&Aにおけるデューデリジェンス(Due Diligence、DD)とは、買収や合併のプロセスにおいて、対象企業(ターゲット)の財務、法務、税務、事業運営、技術などの重要な情報を詳細に調査・分析することを指します。

M&Aの検討が進むと、譲受候補企業からDDされることになり、財務や法務などに問題が見つかるとM&Aが破綻になってしまう恐れがあります。

そのため、事前に未払いの取引債務・残業代・税金があるのであれば支払いを済ませたり、顧客や取引先との法的トラブルや訴訟は解決しておくようにしましょう。また、DDではこれまでの財務諸表や契約書、不動産登記簿、特許証などを買い手側に渡すことになるので、まとめて渡せるように書類を整理しておくことも必要です。

参考記事「デューデリジェンスとは?M&Aの成功を確実にするための方法

 

M&Aの注意点⑦:会社の機関設計の確認

譲渡制限株式会社(非公開会社)なのか、公開会社なのか、また、取締役会設置会社なのかによって、必要な承認など株式の譲渡手続きが変わるので、自社の機関設計を確認して必要な手続きを把握しましょう。

具体的には、譲渡制限会社の場合であれば、取締役会設置会社では取締役会、取締役会を設置していない会社では株主総会において、株式譲渡の承認を行います。但し、定款で別段の定めを行うことで、取締役会設置会社でも株主総会で承認を行うことも可能です。

参考記事「株式譲渡制限会社とは?公開会社との違い・メリット・デメリット・譲渡手続きについて解説!

また、株式発行会社、不発行会社でも、譲渡の手続きは変わります。発行会社の場合、現物の株券が現時点で誰がどこに保管されているかを確認しておくことが重要です。もし、発行しているにもかからわず、紛失をしている場合、株券喪失登録請求と行うか、不発行会社へ変更する手続きが必要となります。

参考記事「株券発行会社・不発行会社とは?両者の違いやM&Aの手続きに関して解説!

 

まとめ

本記事にあげた注意点の他にも、M&Aを行うにあたり確認すべきことは数多くあります。また、M&Aを本格的に検討する前から着手できるものもあります。業種や業態によっても、個別の論点がありますので、M&Aを本格的に検討する前より、専門業者への相談を行っておくことをお勧めします。


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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デューデリジェンスとは?M&Aの成功を確実にするための方法

デューデリジェンスとは、買収監査を意味し、M&Aを行うに当たっては欠かすことのできない重要な手続きです。略してDDとも呼ばれます。

買い手企業は売り手企業にデューデリジェンスを行うことで、企業価値の算定、M&Aを行うことによるシナジーの把握、リスクの把握を行い、M&Aを実施するかを判断します。そのため、デューデリジェンスは網羅的に、正確に行われる必要があります。

目次

デューデリジェンスとは?

デューデリジェンス(Due Diligence)とは、M&Aを行うにあたって、買収側が売却対象企業ないしは事業の実態を事前に把握し、買収価格や取引条件、M&A後の統合戦略について適切な判断を行うための調査を指します。省略して、「デューデリ」や「DD」と呼ばれます。

このプロセスでは、対象企業の財務状況、法的な問題、業務の運営状況などを詳細に調査し、潜在的なリスクや問題点を洗い出します。デューデリジェンスは、取引の透明性を確保し、将来のトラブルを未然に防ぐための重要なステップです。

デューデリジェンスの主な目的は、買い手、売り手共に、取引の価値を評価し、条件が適切であるかどうかを判断することです。売り手が間違った情報や虚偽の情報を提示していたり、不都合な情報を隠していた場合、M&A後にそのような事情が発覚すれば、買収後に思いもよらなかったトラブルを招くことになります。

そこで、調査を通じて、投資家や買収者は、対象企業の本当の価値やリスクを把握し、情報に基づいた意思決定を行うことができます。また、売り手としては自社の価値を算定することによって適切な価格や条件で、売却することができるようになります。

そして、買い手・売り手双方の適切なデューデリジェンスの実施により、取引の成功率が高まり、長期的なビジネスの成長に寄与することができます。

 

デューデリジェンスの種類

ビジネスデューデリジェンス(事業デューデリジェンス)

ビジネスデューデリジェンス(Business Due Diligence)とは、企業買収や投資において対象企業のビジネスモデル、業績評価(KPI)、競争環境、経営チーム、成長機会などの非財務的側面の評価活動です。

この評価は、事業計画や事業価値の評価に影響を与えるため、本格的なデューデリジェンスに入る前に、プレデューデリジェンスとして、ビジネスデューデリジェンスを行うケースがよく見られます。

そして、ビジネスデューデリジェンスは大きく2種類に分けられます。まず、コマーシャルデューデリジェンスでは、買収先の取り巻く市場環境や競争環境、顧客動向などからビジネス面での強みや弱み、機会や脅威を把握し、将来の収益力や売り上げに関するリスク、買収後に期待できるシナジー効果や実効性を分析します。

オペレーショナルデューデリジェンスでは、事業価値評価や交渉などに影響を及ぼすリスクや買収後や統合後に想定されるコスト削減やコスト削減に対する阻害要因やリスクを洗い出すことで、将来のコストの計画の妥当性を分析します。

これらによって、投資家や買収者は対象企業のビジネスの健全性や将来の成長可能性を理解し、投資判断を行います

財務デューデリジェンス

財務デューデリジェンスとは、買い手企業が売り手企業の財務・会計に関して行う調査を指します。対象企業の財務諸表を分析し、収益性、負債状況、キャッシュフロー等を把握します。また、財務リスクや潜在的な負債、未解決の訴訟などを特定し、投資判断に影響を与える要因を評価します。

加えて、税務面でのコンプライアンス状況を確認し、規制違反のリスクを低減します。

財務デューデリジェンスには専門知識と経験が求められるため、税理士等の専門家に依頼することが一般的です。専門の会計士やコンサルタントが関与することで、より正確な分析が可能となります。

法務デューデリジェンス

法務デューデリジェンスとは、買い手企業が売り手企業の法務に関して行う調査を指します。具体的には、対象企業がすでに締結している契約や合意の内容の確認、事業内容に法令違反がないか、知的財産の確認、進行中の、訴訟や過去の訴訟履歴の確認、労働環境のチェックを行います。

法務デューデリジェンスも専門知識と経験が求められるため、法律事務所に依頼することが一般的です。

詳しくは、「M&A成功の鍵 弁護士の役割と重要の記事をご参照ください。

人事デューデリジェンス

人事デューデリジェンスは、買い手企業が売り手企業の人事面に関して行う調査を指します。

具体的には、人員構成の把握(社員数、組織構造、役職、報酬体系、福利厚生等)、労働契約の確認、労働環境(時間、環境、安全衛生対策等)、労働基準法規制の遵守状況の確認を行います

買収合併後も、既存の従業員を引き続き雇用することが多いので、これまでの人事状況を把握し、統合後のスムーズな運営を図るためにも、人事デューデリジェンスは重要です。

ITデューデリジェンス

ITデューデリジェンスは、買い手企業が売り手企業のIT環境や技術資産に関して行う調査を指します。

M&A後に業務・企業と密接な関係を持つだけに、M&A後にうまく活用することができるのか、自社のシステム・業務と適合させられるかを事前に判断しておくことを目的とします。特に、ITシステムをグループ会社のITシステムや業務と連携しているような場合は、切り出しが難しく、想定以上の時間やコストがかかってしまうケースもあるので、M&A前にITシステムを把握することが大切です。

具体的には、ITインフラの評価(ハードウエア、ソフトウエア、ネットワーク、データセンター等の現状)、システムとアプリケーションの確認(使用されている業務システムやアプリケーションのリスト、その機能、ライセンス状況)、サイバーセキュリティの評価、データ管理方法の確認、IT関連のコストを調査します。

参考記事ITデューデリジェンスとは?そのプロセスやチェックポイントについてわかりやすく解説!」

セルサイドデューデリジェンス

売り手企業が実施するデューデリジェンスをセルサイドデューデリジェンス(Sell-Side Due Diligence)といい、企業売却の際に売却側(売り手)が行う調査・評価活動のことを指します。主な目的は、売却される企業の財務状況、法務上の問題、ビジネス運営の実態などを徹底的に確認し、潜在的な買い手に対して正確かつ信頼性の高い情報を提供することです。

また、買い手が何回もM&Aを行ったことがある場合、買い手の都合の良いように安値で買収されてしまうケースも少なくないため、自社の売却価格の適切な算定の役割も果たします。

売り手側が自己の費用で行うことになるので、経済的な負担となることは確かですが、セルサイドデューデリジェンスを行うことによって、売却価値が最大化するため、実施することが必要です。また、売却後の問題の発覚によって、損害賠償を請求されることを防止するためにもセルサイドデューデリジェンスは実施するべきでしょう。

 

デューデリジェンスの進め方

①計画と準備

・目標設定:デューデリジェンスの目的を明確にし、調査の範囲や重点項目を決定します。

・チーム編成: 財務、法務、税務、IT、人事など各専門分野の専門家をチームに組み込みます。

・スケジュール作成: デューデリジェンスの期間と各ステップのタイムラインを設定します。

・チェックリスト作成: 必要な資料や情報をリストアップし、対象企業にリクエストします。具体的には、決算書、税務申告書、株主名簿、定款、取締役会議事録、商品別の売上高、利益が分かる資料、事業計画、設備投資、月次試算表等をリストアップします。

②情報収集

・資料提供依頼: 対象企業に対し、上記でリストアップした資料の提供を依頼します。

・データルームの設置:データルームを設置し、情報の共有と管理を行います。デューデリジェンスに伴う資料は、莫大な量になることも多い上に、機密情報であるため、慎重に管理するようにしましょう。

・Q&Aの実施:逐一分析したいテーマについて質問事項が生じた場合は各担当者に質問事項をまとめてリクエストします。

・経営陣面談:対象会社の経営陣に対する面談を実施します。マネジメントインタビューとも呼ばれます。面談を通じて、現在の経営陣が考えている経営上の課題や問題意識について認識することができます。

・現地調査:特に旅館、ホテル、テーマパーク、ゴルフ場等の不動産事業を対象とする場合は、現地に行って直接、経年劣化や周辺環境を把握することが重要です。

③レポート作成

売り手から開示された資料の検討や繰り返し行ったQ&A 、経営者面談を経て、各専門家はデューディリジェンス報告書を作成し、買い手に提出します。具体的には、以下のステップで、最終レポートまで作成されます。

・ドラフト作成: 各専門分野の分析結果とリスク評価をまとめたドラフトレポートを作成します。
・レビューとフィードバック: ドラフトレポートを関係者と共有し、フィードバックを反映させます。
・最終レポート作成: 修正を加えた最終レポートを完成させ、経営陣や投資家に提出します。

そして、報告書の内容を踏まえて、買い手は株式譲渡や事業譲渡などのM&Aスキームや、価格などの取引条件について債権としたうえで、最終交渉に入ります。

上記プロセスは、中小企業であれば、数日から2週間程度で、大企業や中堅企業の場合は、1か月から2か月以上かかることもあります。また、各専門家に支払う費用は規模によってまちまちですが、法務、財務、税務でそれぞれ50万円~150万円を想定しておくことがよいでしょう。

 

デューデリジェンスでよくあるミス

①チェックリストの不十分

買い手の提示するチェックリストに従って、売り手は情報を開示することになるのでチェックリストが不十分であれば、開示される情報も不十分で、結果としてリスクや問題点を洗い出すことができなくなります。

②情報公開の範囲

売り手は買い手にどこまで情報開示をするのかという方針を決める必要があります。

買い手による売り手への情報開示の依頼が不足していると、必要な情報を得ることが出来ずリスクとなる可能性もあり、また、売り手による開示情報が少なければ、買い手からの信頼を失うケースがあります。そのため、各デューデリジェンスごとに専門性、経験値が求められるので専門家に相談することをお勧めします。

 

まとめ

デューデリジェンスとは、M&Aを行うにあたって、買収側が売却対象企業ないしは事業の実態を事前に把握し、買収価格や取引条件、M&A後の統合戦略について適切な判断を行うための調査です・

十分なデューデリジェンスを行うことで、売り手は自社の価値を適切に把握し、買い手はM&A後の戦略の構築、リスクの把握に繋がります。

M&Aの成功のためには、各分野について、主に専門家によってそれぞれデューデリジェンスが実施され、チェックリストの作成を中心とする情報収集が肝となります。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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黄金株とは?その仕組みとメリット・デメリットについて解説!

黄金株とは、拒否権付株式のことであり、拒否権を持つ株式のことです。会社の防衛策としても機能する黄金株について、その内容と仕組み、企業防衛策としてのメリットとデメリット、さらには日本国内の実例を解説します。

目次

黄金株とは?

黄金株(拒否権付株式)とは、株主総会決議事項や取締役会決議事項に対して拒否権を持つ株式のことで、種類株の一つです。この株式は、通常発行される株式とは異なり、特定の決定に対して拒否権を持つことができます。これにより、企業買収や経営陣の変更などの重要な局面で、企業側が自らの意思を強く反映させることが可能となります。

例えば、外部からの敵対的買収を防ぐために、企業は黄金株を発行し、特定の株主に対して拒否権を与えることがあります。これにより、買収者が株式の過半数を取得しても、重要な経営判断に対して拒否権を行使することで、企業の独立性を維持する手段となります。
また、事業承継においても円滑化に繋げることができます。

しかし、使い方を誤ると、かえってデメリットとして機能してしまう場合もあるため、注意が必要です。まずは、黄金株の仕組みから解説します。

 

黄金株の仕組み

黄金株の仕組みについてご紹介します。黄金株の発行では、どのような決議事項に対して拒否権を持つかを事前に定めることができます。これにより、企業は黄金株を利用して、特定の重要な経営判断に対して拒否権を行使できるようになります。例えば、取締役の選任や解任、報酬、事業の譲渡、統合などの決議案に対して拒否権を持つように設定することができます。

なお、黄金株が規定できる範囲は以下が挙げられます。

・取締役、代表取締役の選任、解任、報酬

・資産譲渡

・融資などの資金調達、新株発行

・事業譲渡、合併

・大幅な組織変革

・従業員の人事

黄金株の発行には、企業の株主総会での承認が必要です。また、発行された黄金株は、通常の株式と同様に売買が可能になります。しかし、黄金株はその権限から、株主平等の観点で反対意見があり、東京取引証券所は条件によっては黄金株式の発行によって上場廃止が定められているなど、上場企業では多くの場合用いられず、現在の上場企業で黄金株を発行しているのは1社のみになります。

主に、中小企業の事業承継や敵対的買収に対する防御策としてもちいられることが多くなります。

 

黄金株のメリット

黄金株の最大のメリットは、企業防衛策としての高い効果です。敵対的買収や経営陣の変更といった重要な局面で、企業側が自らの意思を強く反映させることができるため、企業の独立性を保つことが可能です。

事業承継において

前任の経営者が黄金株を保持しておくことで、後継者に引き継いだあとにも決議事項について拒否権を持つことができ、後継者が経営判断を誤りそうになったときに拒否権をもって会社を守ることができます。

外部からの防衛策として

外部からの不当な影響を排除し、企業の長期的なビジョンを実現するための戦略的な意思決定が可能となります。株主総会で3分の2以上の賛成票があれば、経営者の意思に反して事業の継承や合併統合が可決されてしまいます。これに対して、事業承継に関する黄金株を発行している場合、これを拒否することができます。また、企業のブランド価値や信頼性を維持するためにも、黄金株は有効な手段となります。

 

黄金株のデメリット

黄金株にはデメリットも存在します。

黄金株の行使が過度に強力である場合、他の株主の権利が侵害される可能性があります。また、黄金株の内容は登記に記載されるので、権利が少ないと株主の不満が募る可能性があります。

また、経営方針が経営者の意向に依存するので、経営判断を誤ってしまう可能性があります。外部の意見が取り入れられないといったデメリットに繋がります。

 

黄金株の実例

国内エネルギー会社大手であるINPEX(旧社名:国際石油開発帝石)は、国内上場企業で唯一、黄金株を発行しており、経済産業大臣がその株を保有しています。その理由は、INPEXが、石油、天然ガスをはじめとして日本のインフラにおいて重要な役割を担っているため、海外のエネルギー会社からの買収を防ぐことを目的としているからです。

 

まとめ

黄金株とは、企業の経営権を守るために発行される株式であり、特定の重要な決定に対して拒否権を持つことができるため、企業防衛策として非常に有効です。

黄金株の仕組みやそのメリット・デメリットを理解することで、企業は外部からの不当な影響を排除し、安定的な経営を維持することが可能となります。

一方で、リスクやデメリットもあるため、黄金株の発行の決定は慎重に行う必要があります。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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アーンアウトとは?M&A成功のための要点と注意点を徹底解説!

M&Aの手法の一つであるアーンアウトについて解説します。昨今のM&Aで活用される機会が増えております。本記事では、アーンアウトの基本的な概念、利用される背景、メリット・デメリット、会計処理、そして実行する際の注意点を詳しく説明します。

目次

アーンアウトとは

アーンアウトの基本概念

アーンアウトは、会計では「条件付取得対価」といわれており、M&A取引において、買い手と売り手の間で定められる支払い条件の一種です。一定期間後の業績に基づいて、売り手に追加の支払いを行うという形を取ります。アーンアウトは、買収対象企業の将来の業績に依存する部分があるため、買収価格の確定が難しい場合や、買収後のシナジー効果を最大限に引き出すために利用されます。

アーンアウトが利用させる背景

アーンアウトが頻繁に利用される背景には、買収対象企業に関する完全な情報が得られない場合や、買収に伴うリスクを分散したいというニーズがあるからです。特に、買収対象企業の業績が過去に大きく変動していたり、将来の市場環境が不透明な場合、アーンアウトは買収価格の確定を柔軟に行うための有効な手段となります。また、アーンアウトによって、買い手は買収後の業績が予想を下回った場合でも、支払額を少なくすることができます。一方、売り手は、買収後の業績が予想を上回った場合、追加の報酬を得ることが期待できます。つまり、企業の将来の業績にリスクを賭けることにより、買い手と売り手の双方が利益を守ることができるのです。

条件となる財務指標

条件となる財務指標は、純利益、売上高、営業利益、EBITDA、営業キャッシュフロー、フリーキャッシュフローなどが挙げられます。

 

アーンアウトを利用するメリット

買い手のメリット

将来の業績に基づく支払いを設定することで、買収時の資金流出を抑え、潜在的なリスクを回避できます。特に、買収対象企業の業績が不安定な場合、アーンアウトは買い手にとって、過剰な資金負担を回避する有効な手段となります。

また、アーンアウトによって、買い手は買収後の業績をモニタリングし、経営指標の改善を促すインセンティブを持つことになります。つまり、アーンアウトは、買い手にとってリスクヘッジと経営指標の改善の両面でメリットがあると言えるでしょう。

売り手のメリット

企業の成長や成功に応じて、最終的により多くの資金を得る機会を確保できます。また、アーンアウトは、売り手にとって、買収後の企業価値向上へのモチベーションを高める効果も期待できます。

買収後も経営に携わる場合、アーンアウトは、売り手の努力が直接的に報酬に反映されるため、企業全体のモチベーションが維持しやすいです。

 

アーンアウトを実行する際のデメリット

買い手のデメリット

買収後の業績次第では、追加の資金負担が発生するリスクがあります。特に、買収後の業績が予想を下回った場合、買い手は売り手の事業立て直し等に必要な追加の資金負担を強いられる可能性があります。

また、アーンアウトの評価指標や評価期間の設定が複雑になるため、交渉の過程での時間と労力が大きくなる可能性もあります。そのため、アーンアウト導入の際には、慎重なリスク評価とコスト管理が不可欠です。

売り手のデメリット

一括でまとまった資金を獲得できず、業績の達成に依存するため、受け取る金額に不確実性が伴います。特に、買収後の業績が予想を下回った場合、売り手は期待していた報酬を得られない可能性があります。

また、アーンアウトの評価指標や評価期間の設定が複雑になるため、売り手は、報酬の算定方法や支払時期について、買い手との間で紛争が発生するリスクを抱えることになります。

双方に共通するデメリット

評価基準や業績指標の設定で合意を得るのが難しく、交渉時間が長引くことが予想されます。

アーンアウトの評価指標や評価期間は、買い手と売り手の双方にとって重要な要素であり、合意を得るためには、慎重な交渉が必要です。

また、評価指標や評価期間の設定が複雑になるほど、交渉は難航し、時間がかかる傾向があります。そのため、アーンアウト導入を検討する際には、十分な時間と労力を確保することが重要です

 

アーンアウトの会計処理

日本基準の処理方法

日本基準では「企業結合に関する会計基準」第27項1号において、以下のように定められております。

「条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合には、条件付取得対価の交付又は引渡しが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識するとともに、のれん又は負ののれんを追加的に認識する。」

(出典:企業結合会計基準第27項1号)と定められています。

つまり、日本基準では契約で定めた業績条件(以下、「アーンアウト条項」)を達成し、対価の支払いが確実になるまでは会計処理を実施しないことになります。その代わり、対価の支払いが確実になった時点でアーンアウト条項にもとづき取得原価でのれんを計上しますが、アーンアウト条項を達成できなかった場合には特段の会計処理は発生しません。

国際基準(IFRS)の処理方法

IFRS(国際会計基準)では、IFRS第3号39項において以下のように定められています。

「取得企業は条件付対価の取得日公正価値を、被取得企業との交換で移転された対価の一部として認識しなければならない」

また、IFRS第3号58項では、

「取得日後の事象により生じた変動については、その後の各報告日において公正価値の変動を純損益として認識する」

と定められています。

つまり、IFRSの場合は、取得時の公正価値をのれん計上します。そのた、。アーンアウト条項の達成の場合、当初計上されたのれんの金額に変動はありません 。万が一、アーンアウト条項の条件を達成できなかった場合には、アーンアウトの支払いの必要がないので、該当するアーンアウトの金額を公正価値の増加分として純損益として認識・計上します。

留意点として、IFRSではのれん償却は行わませんが、毎年1回以上の減損テストの対象となります。

 

アーンアウトを実行する際の注意点

評価指標に関する注意点

評価指標は具体的かつ測定可能である必要があります。評価指標は、アーンアウトの支払額を決定するための基準となるため、具体的かつ測定可能な指標であることが重要です。例えば、売上高、営業利益のような財務数値、他にも顧客数、市場シェアなど、客観的に測定可能な指標を採用する必要があります。

曖昧な指標を採用すると、アーンアウトの支払額が不透明になり、買い手と売り手の間で紛争が発生する可能性があります。

評価期間に関する注意点

評価期間は企業の成長パターンを考慮した上で設定されるべきです。評価期間は、アーンアウトの支払額を決定するための期間であり、企業の成長パターンを考慮して設定する必要があります。

再売却に関する注意点

アーンアウトが含まれる契約においては、将来的な再売却や再取得の条件も明確に定義しておくことが重要です。

アーンアウトの契約には、将来的な再売却や再取得に関する条件も含まれる場合があります。

例えば、買い手が買収した企業を再売却する場合、アーンアウトの支払額はどのように調整されるのか、再売却によってアーンアウトの契約はどのように終了するのか、といった点を明確に定義しておく必要があります。

 

まとめ

アーンアウトは、M&Aにおけるリスク管理と経営指標の改善を促すインセンティブを与える有効な手段です。

しかし、アーンアウトの活用には、契約の複雑化や交渉の難航など、いくつかの課題も伴います。そのため、明確で公平な評価指標を設定し、双方の利益をバランスよく配慮することが重要です。

また、アーンアウトの活用を検討する際には、事前に十分な調査と検討を行い、買い手と売り手の双方にとって納得のいく契約を締結することが重要です。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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株式譲渡制限会社とは?公開会社との違い・メリット・デメリット・譲渡手続きについて解説!

株式譲渡制限会社について解説します。株式譲渡制限会社と公開会社の違いに加え、どのようなメリット・デメリット、譲渡制限株式の譲渡手続きについて、解説いたします。

 

目次

株式譲渡制限会社とは?

株式譲渡制限会社とは、自社の発行するすべての株式に譲渡制限を設けている会社のことをいいます(会社法2条5号)。そもそも日本の会社法では、株式譲渡自由の原則が採用されているので、第三者に対して自由に売却することができるのが原則です。

そのため、自社の株が望まない第三者に譲渡され、経営が乗っ取られてしまう恐れがあるので、そのような事態を防ぐために、株式譲渡制限の制度を利用しています。具体的には、ある株主が、第三者に株式を譲渡する場合には、取締役会、あるいは株主総会での承認がないと譲渡できない設計となっています。

 

公開会社とは?

非公開会社の対となる概念として、「公開会社」があります。つまり、一株でも譲渡制限がついていない株式がある会社は、公開会社となります。上場企業は、すべての株式に譲渡制限がついておらず、すべての株式が市場で自由に流通しているので、必然的に公開会社となっています。もっとも、公開会社だからといって、上場しているとは限らないので注意が必要です。

 

公開会社 株式譲渡制限会社(非公開会社)
株式の譲渡制限 株式の譲渡に制限がない。(自由に譲渡可能) 株式の制限に制限がある(譲渡には会社の承認が必要)
会社法での定義 株式譲渡制限がない株式を一つでも発行している会社 発行する全ての株式が「譲渡制限株式」として定款に定められている会社
上場の可否 上場可能 上場不可
株主の範囲 誰でも自由に株式を購入可能で、株主構成は広範囲に渡ることが多い 株主構成が限定されており、特定のグループや関係者に限られることが多い(家族経営など)
経営権の安定性 株式が自由に株式を売買できるため、経営権が外部に渡るリスクがある 株主構成が管理できるため、経営権が安定しやすい
意思決定のスピード 株主数が多いため、意思決定に時間がかかることがある 株主数が少ないため、迅速な意思決定をすることができる
敵対的買収のリスク 株式を自由に売却できるので、敵対的買収のリスクが高い 株式譲渡に制限があるため、敵対的買収のリスクが低い
主な適用対象 上場企業や株式公開を目指す企業 中小企業、家族経営企業、ベンチャー企業など
定款の記載要件 株式譲渡制限を設けないため、定款に特段の記載は不要 株式譲渡制限を設けるため、定款にその旨を記載する必要がある(107条)

 

株式譲渡制限会社のメリット

機関設計におけるメリット

公開会社は、3人以上の取締役と監査役もしくは会計参与1人以上から構成される取締役会を設置しなければなりません(331条5項)。そのため、業務の決定に取締役会の決議が必要な場合に、3人以上の合議が必要となり、迅速な判断決定が妨げられることがあります。一方で、株式譲渡制限会社では、取締役会を設置しないことも可能であり、一人の取締役がいれば十分なので、迅速に意思決定をすることができます。

また、会社法上、取締役会を「年何回以上開催しなければならない」という明確な規定はありませんが、363条第1項各号において、代表取締役や取締役は、自己の職務執行の状況を取締役会に報告する義務が定められています。そして、この報告義務は、少なくとも3ヶ月に1回以上行わなければならないと解釈されています。つまり、公開会社では、少なくとも年4回以上取締役会を開催する必要があるということです。取締役会を開催するためには、招集手続きや場所の用意が必要であったりするので、費用もかかってしまいます。

そこで、株式譲渡制限会社で取締役会を設置しないことによって、取締役会開催の手続きや費用をカットすることができます。

取締役・監査役の資格の制限

株式譲渡制限会社では、定款で、取締役・監査役に就任できる者の資格を制限することができます(331条2項)。例えば、取締役の資格を「株主」に限定することにより、株主の好ましくない者が取締役になることを制限することができます。一方で、公開会社では、取締役・監査役の資格を制限することができないので、株主からみて好ましくない者が経営に参入するおそれがあります。

経営権の維持

株式譲渡制限会社では、株式を譲渡する際に、株主総会または取締役会の承認が必要なので、好ましくない第三者に株が渡るのを防ぐことができます。株式の過半数を特定の者に買い取られることによる、いわゆる会社の乗っ取りの防止策としても有効です。

円滑な事業承継

株主の死亡により、相続が発生すると株式が分散する可能性があります。そこで、こうした事態に備え、株式譲渡制限会社は定款に売渡請求を定めることができます。この定款の定めによって、受渡請求とは、会社側から相続人に対し、相続で移転した株式を受け渡すよう請求することができます。

定款に定めておけば、望ましくない人物に株式が相続されても受渡請求により株式の分散を防げます。これにより、事業承継時に後継者に過半数の議決権を集中させやすくなり、事業承継をスムーズに進められるようになります。また、親族や従業員への承継など、友好的な関係にある者への承継が中心となるため、経営方針の急激な変更や混乱を避けることができます。

 

株式譲渡制限会社のデメリット

資金調達の制約

株式を自由に売買できないため、証券取引所を通じて広く投資家から資金を調達することができません。これは、大規模な資金調達が必要な場合や、急成長を目指す企業にとっては大きな制約となります。そのため、 主に金融機関からの融資や、限られた投資家からの出資に頼らざるを得ないため、資金調達の選択肢が狭まります。

株式の流動性低下

 株式を売却するためには会社の承認が必要となるため、株主が自由に株式を売却することができません。これは、株主が急に資金が必要になった場合や、投資回収を考えている場合にはデメリットとなります。また、株式の流動性が低いことは、投資家にとって投資対象としての魅力の低下にもつながります。

株式買取請求権のリスク

①少数株主からの買取請求

少数株主が株式の売却を希望しても会社の承認が得られない場合、会社に対して株式の買取を請求する権利(株式買取請求権)を行使する可能性があります。会社は買取資金を用意する必要が生じ、経営に影響を与える可能性があります。

スクイーズアウトのリスク

少数株主を排除するために、会社が強制的に株式を買い取る「スクイーズアウト」という手法が用いられる場合があります。これは、少数株主にとって不利益となる可能性があります。

③相続時の問題

株式の流動性が低いため、相続税の納税資金を確保するために株式を売却することが難しい場合があります。また、上場株式のように市場で取引されていないため、株式の客観的な評価が難しく、相続税評価などで問題が生じる可能性があります。

 

譲渡制限株式の譲渡手続き

譲渡制限株式を譲渡する場合、以下の手順を踏む必要があります(会社法136条、137条)。

株主から会社への譲渡承認請求

株式を譲渡しようとする株主(または譲り受けようとする者)は、会社に対して譲渡の承認を請求します。「株式譲渡請求」という書面に譲渡する株式の種類・数・譲受人の氏名などを記載して、請求するのが一般的です。譲渡人は単独でも請求が可能ですが、譲受人は譲渡人と共同で請求をしなければならないことに注意しましょう。

会社の承認または不承認の決定

会社は、株主総会または取締役会(定款の定めに従います)で譲渡を承認するかどうかを決定します。

会社から請求者への決定内容の通知

会社は、承認または不承認の結果を請求者に通知します。

会社の承認

①会社が譲渡を承認する場合

会社が譲渡を承認した場合、株主は譲受人に対して株式を譲渡することができます。

②会社が譲渡を承認しない場合

株式譲渡承認請求を拒否する場合、会社側は必ず2週間以内に不承認の旨を請求人に通知しなければなりません。通知をしない場合はみなし承認となり、承認と同じ手続きを行うことになってしまいます。また、株式譲渡承認請求を拒否し、請求人から会社(または指定の買取人)に対し株式の買い取り請求があった場合は、会社(または指定の買取人)はその株式を公正な価格で買い取らなければなりません。

買取価格の決定・支払い

買取価格は、譲渡人と会社(または指定買取人)との協議によって決定します。協議が整わない場合は、裁判所に価格決定の申し立てをすることができます。

株主名簿書き換え

株式の譲渡が無事に行われた場合、会社は株主名簿の書き換えを行い、譲渡の事実を反映させる必要があります。


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

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MBOとは?基本概念・メリット・デメリット・効果的な実施方法・事例まで徹底解説

MBO(Management Buyout)は経営者や現経営陣が自らの企業を買収する手法です。本記事では、MBOの基本的な概念、メリット・デメリット、具体的な実施方法や日本での事例まで詳しく解説します。

目次

MBOとは

MBOの基本概念

MBO(ManagementBuyout)とは、企業の経営者や現経営陣が、自社の株式を買い取り、企業の所有権を取得する手法です。

言い換えれば、経営陣が自社の経営権を握ることを目的とした買収のことです。この手法は、企業の独立性を保ちながら、経営の自由度を高めることができます。

MBOと類似手法との違い

MBOは、企業の買収手法として、M&A(Mergers and Acquisitions)、TOB(TakeoverBid)など、いくつかの類似手法があります。それぞれの違いを理解することが重要です。

M&Aは、企業同士の合併や買収を指します。MBOは、M&Aの一種ですが、買収者が経営陣である点が異なります。TOBは、特定の企業の株式を公開で買い取ることで、その企業の経営権を取得する手法です。MBOは、TOBと異なり、公開での買い取りではなく、経営陣が直接株式を取得します。

昨今では、事業承継で後継者がオーナー株主(主に現経営者)から株式を買い取る手法を用いる事業承継型MBOも存在します。

 

MBOのメリット

中長期的な経営が可能に

MBOによって、経営者は短期的な株主の圧力から解放され、中長期的な視点で経営を行うことができます。例えば、新規事業への投資や研究開発への取り組みなど、短期的な利益を追求しない長期的な視点での経営戦略を実行することができます。

意思決定のスピード向上

経営陣が株主になるため、意思決定が迅速に行えるようになります。従来は、株主の承認を得るために、意思決定に時間がかかっていた場合でも、MBO後は経営陣が自由に意思決定を行うことができます。経営陣は、自らの判断で経営戦略を立案し、実行することができます。

従業員のモチベーション向上

経営陣と従業員の間に信頼関係が築かれやすくなり、従業員の働きがい、モチベーションが向上します。経営陣は、従業員の意見を尊重し、彼らを経営の意思決定プロセスに積極的に参加させることで、従業員のエンゲージメントを高めることができます。

TOBの回避

MBOによって、敵対的買収(TOB)から企業を守ることができます。TOBは、企業の経営権を奪うことを目的とした買収であり、企業にとって大きな脅威となります。MBOによって経営陣が企業の経営権を握ることで、TOBのリスクを回避することができます。

 

MBOのデメリット

既存株主との対立

既存株主がMBOに反対する場合、対立が生じる可能性があります。例えば、既存株主にとって意図した買い取り価格でMBOを成立させられないケース等です。MBOを行う際には、既存株主との合意形成が重要となります。

財務リスクの増加

買収のための資金調達により、企業の財務リスクが増加することがあります。MBOは、高額な資金が必要となるため、金融機関からの借入など、高金利の資金調達を行う必要が生じることがあります。高金利の借入は、企業の財務負担を増やし、経営を圧迫する可能性があります。

 

MBOの具体的な手順

企業価値の評価

最初に、専門家によってMBO対象企業の価値を評価します。企業価値の評価は、MBOの価格交渉や資金調達において重要な要素となります。専門家の評価に基づいて、MBOの条件を決定します。

SPCの設立

買収のためのSPC(Special PurposeCompany)を設立します。SPCは、MBOを行うための特別目的会社であり、MBO対象企業の株式を取得します。SPCは、経営陣や投資家によって設立されます。

資金調達

金融機関などから株式取得のための資金を調達します。MBOは、高額な資金が必要となるため、金融機関からの借入や投資ファンドからの出資など、様々な方法で資金を調達します。

株式の買収

SPCが既存の株主から株式を買い取ります。

企業の合併

SPCが対象企業を子会社化し、経営陣が企業の経営権を握ります。子会社とSPCが合併し、MBOが完了する。

 

MBO成功のためのポイント

明確なビジョン設定

MBO後の企業経営に関する明確なビジョンと計画を事前に設定しておくことが重要です。MBOは、企業の経営権を移すだけでなく、企業の将来を左右する重要な決断です。MBOを行う際には、MBO後の企業経営に関する明確なビジョンと計画を立て、それを実現するための戦略を策定する必要があります。

専門家のアドバイス

MBOに精通した専門家のサポートを受けることが成功の鍵です。MBOは、複雑な手続きや法律問題を伴うため、専門家のサポートが不可欠です。弁護士、会計士、金融機関などの専門家のアドバイスを受けることで、MBOをスムーズに進めることができます。

既存株主との調整

既存株主との対立を避けるために、事前に十分な説明と調整を行うことが大切です。MBOは、既存株主の利益を損なう可能性があるため、既存株主との合意形成が重要となります。MBOを行う際には、既存株主に対して、MBOの目的やメリットを丁寧に説明し、理解を得るように努める必要があります。

日本でのMBO事例

永谷園ホールディングス

2024年6月3日に永谷園ホールディングスがMBOを実施することが発表されました。三菱系のファンドである丸の内キャピタルと組み、TOBを実施しスクイーズアウト手続き後、上場廃止となる予定です。

「お茶づけ海苔」の商品が日本で大きなシェアを獲得しているものの、厳しい経営環境や消費者のライフスタイルの変化、一方、インバウンド需要の増加に伴う日本食の再評価という経営環境を踏まえ、今後の戦略として、海外への展開拡大、既存商品・ブランドの競争力強化、新たな事業の柱の構築による売上拡大、業務提携及びM&Aによる収益機会の拡大の必要を認識。

これらを実現するためには、株式を非公開化し、機動的かつ柔軟な意思決定を可能とする、株主と経営陣が一体となった強固かつ安定した新しい経営体制を構築した上で、外部の経営資源を活用しながら当社グループの従業員が一丸となって上記戦略に取り組むことが最善であるという判断にいたったとのことです。

参考:2024 年6月3日永谷園ホールディングス開示資料「MBOの実施及び応募の推奨に関するお知らせ

 

スノーピーク

2024年4月に、アウトドア用品大手のスノーピークが米投資ファンドのベインキャピタルと組んでMBOを実施しました。

スノーピークは、新型コロナ禍で「3密」を避けられるアウトドアがブームとなり、業績は急拡大したものの、その後、ブームの一巡や新興企業が参入により、2024年1〜3月期の連結決算で、売上高が前年同期比24.8%減の48億円にとどまりました。

このような状況は、事業の舵を大きく切って更なる成長に導く最適なタイミングであり、同社が飛躍し、企業価値を高めていくには、海外事業の一層の拡大やキャンプ用品関連事業という枠をも超えた事業の拡大が必要であり、そのためには、株式を非公開化した上で、機動的かつ柔軟な意思決定を可能とする経営体制を構築することが最善の手段であると判断してMBOに踏み切ったとのことです。

参考:2024 年2月ベインキャピタルによる「公開買付届出書

 

ベネッセホールディングス

ベネッセホールディングスは11月10日、経営陣による買収(MBO)を実施すると発表。ベネッセ創業家とスウェーデンの投資ファンドであるEQTグループが組み、買収金額は2700億円と過去最大規模のMBOと報じられました。

株式非公開化により、少数株主の意向を意識した経営から脱却し、長期的な視点や迅速な意思決定を可能にし、EQT の持つ教育・介護分野における豊富な投資経験とそれらに裏打ちされる業界知見を有効に活用することで、更なる成長を実現する予定です。

 

参考:2023 年11月 株式会社ベネッセホールディングス 「MBOの実施の一環としてのブルーム1株式会社による当社株券等に対する公開買付けの開始予定に関する意見表明のお知らせ

 

まとめ

MBOは企業経営の自由度を高める一方で、財務リスクや既存株主との対立などのデメリットも存在します。成功のためには、しっかりとした計画と専門家のサポートが不可欠です。MBOを行う際には、メリットとデメリットを理解した上で、慎重に検討する必要があります。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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TOBとは?株式公開買付け(Takeover Bid)の基本概念や事例まで解説!

TOBとは、株式公開買付け(Takeover Bid)の略称で、企業の経営権を取得するための手法としてよく利用されます。本記事では、TOBの基本的な概念からその利点と欠点、具体的な事例までを詳しく解説します。

目次

TOBの基本概念

TOBとは何か

TOB(株式公開買付け)とは、特定の会社の株式を大量に取得しようとする者が、不特定かつ多数の者に対して、公告により、株券等の買付等の申し込みを行い、東京証券取引所のような取引金融商品市場外で株券等の買付を行うことを言います(金融商品取引法27条の2第6項)。
TOBは、企業が他の企業の経営権を取得したり、経営を安定化させたりするために用いられる手法です。市場外での取引であるため、通常の株式取引とは異なるルールや手続きが適用されることに注意しましょう。

TOBの由縁

 特定の者が第三者である株式会社(目標会社)の発行済株式総数の多数割合の取得を意図するとき、TOBの制度が設けられる前は、目標とする割合に到達するまで、長期間にわたって少量ずつの株式を取得を繰り返し、最終的に目標とする多数割合の株式を取得するという方法が行われていました。
 しかし、この方法を許容すると、一般の株主や株主になろうとする者は、株価の変動が、会社の業績が評価されたせいかなのか、それとも特定の者の意図により引き起こされている変動なのかわかりませんでした。
 そこで、アメリカでは、1960年代後半に、連邦証券取引所に株式公開買付けの制度が新設されました(ウィリアムズ法)。そして、日本でも1971年にTOBが新設され、現在の金融商品取引法が当該制度を定めています。

TOBの目的

TOBの主な目的は、経営権の取得や経営の安定化です。企業が大規模な買収を行うための手法の一つとして利用されます。TOBによって、買収者は対象企業の経営を支配し、自社の事業戦略に組み込むことができます。また、競合企業の排除や、新たな市場への進出など、様々な目的でTOBが実施されます。

TOBの種類

TOBは、買収者の意図や対象企業との関係性によって、大きく3つの種類に分類されます。

友好的TOB

友好的TOBは、買収対象となる企業の経営陣がTOBに賛成し、協力して買収を進めるケースです。買収者と対象企業は事前に交渉を行い、買付価格や買収後の経営体制について合意します。友好的TOBは、敵対的TOBに比べて、スムーズに買収手続きを進めることができるため、買収成功率が高い傾向があります。

敵対的TOB

敵対的TOBは、買収対象となる企業の経営陣がTOBに反対し、買収を阻止しようとするケースです。買収者は、対象企業の経営陣との交渉なしに、直接株主にTOBを申し出ます。敵対的TOBは、買収対象企業の経営陣との対立が激化し、裁判沙汰になることもあります。具体的な敵対的TOBの攻撃方法については、のちほど説明します。

防衛的TOB

防衛的TOBは、対象企業が敵対的TOBから身を守るために、自社株を買い戻すTOBを実施する場合です。対象企業は、自社株を買い戻すことで、敵対的買収者が経営権を取得することを阻止しようとする戦略をとります。

 

TOBのメリットとデメリット

買い手側のメリット

TOBの買収者にとってのメリットとして、買収成立までの予見性が高い点や、株価変動を受けにくい点が挙げられます。TOBは、市場での株式取得とは異なり、事前に買付価格と期間が決められているため、買収成立までのスケジュールが明確です。また、市場での株式取得のように、株価変動によるリスクを回避することができます。

売り手側のメリット

TOBに応じる株主にとっては、通常市場価格よりも高い価格で株式を売却できるチャンスがあります。TOBでは、買収者が市場価格よりも高い価格で株式を買付けることが多いです。これは、買収者が対象企業の経営権を取得するために、株主の賛同を得る必要があるためです。研究開発や技術革新に関する研究を行う学術機関。企業の技術力や競争力に影響を与えます。

デメリット・注意点

TOBにはコストがかかり、特に敵対的TOBの場合はその成功率が低く、紛争が起きることもあります。TOBには、弁護士費用や会計監査費用など、様々なコストがかかります。また、敵対的TOBの場合は、対象企業の経営陣が抵抗するため、買収が失敗する可能性も高くなります。さらに、TOBをめぐって、買収者と対象企業の間で訴訟が起こることもあります。

 

TOBの手続き方法

公開会社が発行している株式等を対象として株式公開買付けを行う場合、株券等の買付けは、期間を定めて、買付等の価格は均一の条件で行わなければなりません。なお、株券の保管や買付け等の代金の支払いなどの事務処理は、必ず証券会社や銀行が行わなければなりません。

また、買付け後に所有する株式等の割合が、100分の5を超えるときは、当該買付けは必ず、株式公開買付けによらなければなりません(金商法27条の2第1項1号)。以下の手順で、TOBを進めましょう。

公開買付の公告と届出書

まず、買収を行いたい企業は、公開買付けの公告と買付届出書を提出し、買付価格や期間を示します。公開買付けの公告は、対象企業の株主に対して、TOBの内容を知らせるためのもので、一般的には新聞上などで行われます(金商法27条の3第1項)。当該、公開買付開始公告を行った者は「公開買付者」となり、公開買付け期間中に、公開買付けによらないで当該公開買付けにかかる、株券等の発行者の株券等の買付けを行うことが禁止されます(金商法27条の5)。これに違反して、別途買付を行った場合は、損害賠償責任を負うことになる(金商法27条の17第1項)ので気を付けましょう。

また、公開買付者は、公開買い付け期間中には、買付け等の価格の引き下げ、買付予定の株券の数の減少、買付け等の期間の短縮、その他政令で定める買付条件等の変更を行うことはできません(金商法27条の6第1項)。

買付届出書には、金融庁に提出する書類で、内閣府令で定める事項を記載し(金商法27条の9第1項)、当該株券等の買付を行おうとする者に対し、公開買付説明書を交付する必要があります(金商法27条の9第1項)。

意見表明報告書の提出

対象の企業は、その意見を表明する報告書を提出します。これには賛成、反対、または中立の立場が記載されます。対象企業は、TOBに対して賛成するのか、反対するのか、または中立の立場をとるのかを表明する報告書を提出します。この報告書は、株主がTOBに関する判断をするための重要な情報となります。

買付期間中の株主の行動

株主は買付期間中に、自身の株式を売却するか保持するかを決定します。買付期間中は、株主はTOBに応じるか、それとも株式を保持するかを決定する必要があります。TOBに応じる場合は、買付価格で株式を売却することができます。株式を保持する場合は、TOBが成立した場合でも、そのまま株式を保有することができます。

TOBの結果とその公表

買付期間終了した時、公開買付者は、原則として、公開買付期間中に応募してきた株券の全部を買い付ける義務(全部買付義務)を負います。

もっとも、公開買付開始公告・公開買付届出書において、①応募株式等の数の合計が買付予定株券数の全部または一部としてあらかじめ公告・届出書に記載されていた数に満たないときは、応募株券全部の買付を行わない、②応募株券等の数の合計が買付予定の数を超えるときは、その超える部分の全部または一部の買付けを行わない、といった条件を記載していた場合には、全部買付義務は生じません(金商法27条の13第4項)。

そして、買付期間が終了するとTOBの結果が公表され、必要な報告書が提出されます。TOBが成立した場合は、買収者は対象企業の株式を取得することができます。TOBが不成立の場合は、買収は失敗となります。

 

TOBの攻撃方法

上記のように、大量の株式を買い占めようとするときは必ず、期間を定めたうえでTOBを行わなければならない運用になったので、敵対的TOBの場合、株式の取得を試みる者は、全国民の見ているところで正々堂々と目標会社の取締役らと戦うことになります。

そして、TOBが開始すると、30日~60日程度の短期間で勝負がつくので、攻撃会社は以下のような方法で勝負をかけます。

①二段階株式公開買付け

二段階公開買付けとは、攻撃会社が、第一段階としてTOBを行い、あとに二段階目として吸収合併を行うと公表することにより、目標会社の株式の取得を実現することをいいます。

具体的には、一段階目のTOBで、わざと市場価格よりも高めの価格で設定します。通常よりも高い価格で目標会社の株式を買い取ってくれるので、目標会社の株主の多くが買取に応じることになります。これによって、公開買付者は、目標会社の株式の50%以上を獲得します。

そして、TOB開始と同時に二段階目として、株式公開買付終了後、合併対価を市場価格よりも低い価格で吸収合併(目標会社を消滅会社とする吸収合併)を行い、これによって目標会社に残ったすべての株式を取得することを予告します。目標会社の株主は、第一段階に示された高価格と二段階目に示された低価格を比較して、こぞって第一段階の株式公開買付けにおうじることになります。損を避けたいという気持ちが先行して、株主の判断力は鈍り、スピード感のある売却を決断することになります。

②レバレッジド・バイアウト

TOBを行う際には一気に大量の株式を買うことになるので、多額の資金が必要になります。そこで、レバレッジド・バイアウトという買収資金を集める方法が考案されました。

レバレッジド・バイアウトでは、まず第一に攻撃会社は目標会社を探します。目標会社の買収に成功した後、吸収合併を行い、その後、目標会社の様々な資産や事業部門をバラバラに切り離して売却し、その結果もうけが出るような会社を探します。

次に、買収のために十分な資金を有さない攻撃会社は、金融機関に対し、計画の全容を説明し、説明に納得した金融機関から買収のための資金を借ります。なお、この時金融機関からは多額の資金を借りるのでどうしても高額な利息が発生してしまいます。

そして、資金を得た攻撃会社は、目標会社の株式の50%以上を獲得するために、TOBを開始します。無事TOBに成功したら、攻撃会社は目標会社を消滅会社とする吸収合併を行います。吸収合併のもたらす包括承継の効果により、消滅会社のすべての財産が存続会社である攻撃会社のものになります。

最後に、攻撃会社は包括承継により承継した財産を売却することによって大金を得て、金融機関へ返済します。先ほど述べたように高い利息は付いていますが、それでも包括承継により承継した財産の売却によって得た資産との差額が儲けとなります。全体の金額の規模が大きいので、差額といっても多額にわたります。

 

具体的なTOB事例

UUUMに対すフリークアウトのTOB

2024年11月14日、UUUM株式会社は、現支配株主である株式会社フリークアウト・ホールディングスによる同社株式の公開買付け(TOB)に賛同の意見を表明しました。将来的にUUUMはフリークアウトの完全子会社となり、上場廃止となる見通しです。公開買付者であるフリークアウト社は、現在、UUUM株式の50.97%を保有しています。

第一生命HDとベネフィットワンの事例

2024年2月9日、第一生命HDはベネフィットワンに対してTOBを実施し、その結果を公表しました。第一生命HDは、ベネフィットワンの株式の過半数を取得することで、経営権を取得することを目的としていました。このTOBは、友好的TOBとして行われ、ベネフィットワンの経営陣はTOBに賛成しました。

ニデックとTAKISAWAの事例

2023年10月27日、ニデックはTAKISAWAへのTOBを成立させ、その詳細を公開しました。ニデックは、TAKISAWAの株式の過半数を取得することで、経営権を取得することを目的としていました。このTOBは、同意なき(敵対的)TOBとして行われ、TAKISAWAの経営陣はTOBに反対しました。しかし、ニデックは最終的にTOBを成立させることに成功しました。

東芝に対するTOB

2023年9月21日、東芝に対するTOBが成立し、その影響について多くの注目を集めました。東芝は、経営不振に陥っていたため、複数の企業からTOBの提案を受けていました。最終的には、日本産業パートナーズ(JIP)など国内連合による共同TOBが成立し、東芝は経営再建に向けて新たなスタートを切ることになりました。

 

まとめ

TOBは企業買収の重要な手法であり、そのメリットとデメリットを把握することが重要です。TOBは、企業が成長するために有効な手段となる一方で、リスクも伴います。

適切な戦略を立てることで、企業の成長を加速させることが可能です。TOBに関する情報を収集し、理解を深めることで、企業はより良い意思決定を行うことができます。また、TOBは、今後も企業買収の重要な手法として、その役割を担っていくと考えられます。

特に、グローバル化が進む現代においては、国境を超えたTOBが増加する可能性があります。
また、近年では、テクノロジー分野における企業買収が活発化しており、TOBを通じて、新たな技術やサービスを手に入れようとする動きが加速しています。

さらに、企業の経営再編や成長戦略におけるTOBの活用が期待されています。TOBは、企業にとって、新たな事業分野への進出や、競争力の強化などの機会を提供する有効な手段となります。

TOBは、企業買収の複雑な世界における重要な要素であり、今後もその動向に注目していく必要があります。


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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M&Aディールとは?関連用語、基本プロセス、注意点について解説!

M&Aディールとは、M&Aの準備から成約、そして経営統合の完了までの一連の工程のことを指しますが、そのプロセスは非常に複雑で、多くの要素を慎重に管理する必要があります。本記事は、M&Aディールに関する用語、プロセス、成功のポイント、注意点を解説いたします。

目次

M&Aディールに関する用語

ディールサイズ

ディールサイズとは、企業の合併や買収における取引の売買価格の規模を指します。ディールサイズには明確な基準はありませんが、小規模(スモールディール)、中規模、大規模に分けられます。

一般的には、売買価格が1億円以内のディールは小規模、数億から数十億円のディールが中規模、数百億円以上のディールをメガディールといいます。個人事業や小規模企業などのM&Aを扱うスモールディールや、ベンチャーや中規模企業などのM&Aを扱う中規模ディールは、M&A仲介会社、信用金庫、地方銀行、中堅証券会社などが支援します。メガディールは、投資銀行やメガバンク、大手証券会社が支援することが多いです。

プレディール

プレディールとは、M&Aの交渉前の準備段階のことを指します。プレディールで準備する主な項目は、M&Aの目標や戦略策定、取引企業の選定、事業のシナジーの確認、スキームの検討、企業価値算定などが含まれます。

プレディールはその後のディールに大きく影響するため、M&Aの専門家に依頼し、正確に進めていくことが重要になります。的確なプレディールはM&Aの成功に繋がりますが、ここのプロセスが不十分であると、期待値に満たなかったり、失敗に繋がってしまうこともあるため、注意が必要です。

ポストディール

ポストディールとは、M&A(合併・買収)取引が完了した後に行われる一連のプロセスや活動を指し、PMI(post merger integration)とも呼ばれます。

これは、買収企業と被買収企業の統合をスムーズに進め、取引のシナジーを最大限に引き出すために重要になります。主に、統合計画の実行、文化統合の実行、事業統合などになります。

シナジー効果を発揮するためには、ディール同様にポストディールも非常に重要になります。

ディールメーカー

ディールメーカーとは、企業の合併・買収(M&A)取引を企画・推進・実行するM&A仲介会社やアドバイザリー(FA)、金融機関などの専門家や組織を指します。成功するM&Aのためには、専門的な知識と経験が求められるため、ディールメーカーは企業価値の評価、戦略の策定、交渉のリード、法務・財務の調整など幅広く支援します。

ディールブレーカー

ディールブレーカーとは、M&A(合併・買収)取引の進行を阻害する重大な要因や問題点を指します。これらの要因は、取引の成功を不可能にする可能性があるため、交渉の過程で特に注意が必要です。

M&Aの取引自体を破談に導くような可能性のあるディールブレーカーには、財務上の問題(買収対象企業の財務状況に重大な欠陥やリスクが発見される場合)、法的・規制上の問題、経営統合を阻むような企業文化の違い、価格の不一致(売買価格に合意が至らない場合)などが挙げられます。

 

M&Aディールの基本プロセス

M&Aディールの一連のプロセスについてご紹介します。

プレディール

1.M&Aの目標や戦略策定:なぜM&Aを行うのか、何を目標とするのかなど、今後の方針に影響する重要な部分。

2.M&A先企業の選定:自社の方向性と合致するM&A先企業の選定を行う。

3.スキームの検討:株式譲渡株式交換など、M&Aには多くの種類があるため、どのようなスキームをとるのか検討する。

4.企業価値算定:交渉価格についてのすり合わせ。

ディール

1.条件交渉

2.スキームの確定

3.基本合意書の締結:条件やスキームなどが確定すると、法的効力はないが、最終契約のベースとなる合意書を作成する。

4.デューデリジェンスの実施:シナジー効果の発揮や、リスクの軽減を目的として、法務・財務・税務など様々な角度から実施される。

5.最終契約書の締結:基本合意書に、デューデリジェンスの結果を反映させ、取引の詳細について決定した契約。

6.クロージング・成約:M&Aが成立します。

ポストディール

先述のM&Aディール成約以降の経営統合作業。統合計画の実行、文化統合の実行、事業統合などになります。シナジー効果を発揮するためには、ディール同様にポストディールも非常に重要。

 

成功するM&Aディールのポイント

代表的なポイントとしては、以下の3点が挙げられます。

効果的なコミュニケーション

透明性の確保を確保しながら、各ディールメーカーと適時、適格なコミュニケーションを取ることが重要です。

適切な評価

M&A仲介会社やFA(フィナンシャルアドバイザー)、税理士、会計士、証券会社等の専門家に依頼し、公正な企業価値を算定することが重要です。

リスク管理

デューデリジェンスを実施し、潜在的なリスクの識別と、そのリスクに対する対策を行います。

 

M&Aディールの注意点

M&Aディールの成功には以下の点に注意が必要です。

文化の統合

 譲受企業と譲渡企業では、企業文化が違うことは少なくないです。会社のビジョン、ミッション、バリューや、カルチャーの相違を理解しながら、お互いの良いところを引き出し、シナジーを最大化するよう調整が必要です。

従業員の管理

譲渡企業の従業員の立場では、M&Aの後、自らの給与や労働条件が悪化することは大きな問題です。人事、労務規定に関しては、可能な限りM&A前と近しい条件でM&Aディールを行い、M&A後は、統合後の事業戦略に対しての理解を促し、最大限パフォーマン発揮できるよう注力することが重要です。

法的・規制上の考慮点

 M&Aにおいて、法的・規制上の考慮点を理解せず、M&Aを行うことは、最悪の場合、M&A自体が無意味なものになる可能性もあります。独占禁止法に関するルールへの理解だけでなく、許認可事業に関する規制へ対応は、必ず確認することが必要です。

 

まとめ

M&Aディールは、企業の非連続な成長のための有効な手段ですが、その成功には多くの要素を慎重に検討、実行する必要があります。

特に、効果的なコミュニケーション、適切な評価、リスク管理などが鍵となります。注意点をしっかりと押さえ、専門家のサポートを受け、適切にプロセスを進めることが成功の秘訣になります。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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カーブアウトとは? その基本やメリット・デメリット、国内事例等を解説!

この記事では、カーブアウトの基本的な意味から具体的な手続き、メリットとデメリットについて詳しく解説します。カーブアウトは企業にとって重要な戦略の一つですが、そのプロセスや影響について正しく理解することが大切です。

目次

カーブアウトの基本

カーブアウトの定義

カーブアウトとは、企業が特定の事業部門や子会社を新たに分割し、独立した企業として設立または売却することを指します。

これは、企業が事業の再編、資本調達、競争力強化、新たな成長機会の獲得など、様々な目的を達成するために実施される戦略的な行動です。

カーブアウトによって、企業は事業の集中や効率化を図り、より柔軟な経営体制を構築することができます。

カーブアウトの目的

カーブアウトは、企業が抱える様々な課題や目標を達成するために実施されます。主な目的としては、以下の点が挙げられます。

事業の再編:非効率な事業や収益性の低い事業を分離することで、経営資源をより効率的に活用し、収益性の高い事業に集中することができます。例えば、特定の製品ラインや地理的な市場を分離することで、企業はコア事業にリソースを集中させることができます。

資本調達:カーブアウトされた企業は、独立した企業として外部からの資金調達が可能になります。これは、親会社が抱える財務的な制約から解放され、より積極的に投資や事業拡大を進めることを可能にします。例えば、カーブアウトされた企業は、株式公開(IPO)などの選択肢を通じて、より柔軟な資金調達を行うことができます。

競争力強化:特定の事業を独立させることで、その事業に特化した専門性を高め、競争力を強化することができます。例えば、特定の技術分野や顧客層に特化した事業を独立させることで、専門性を深め、競合他社との差別化を図ることができます。

新たな成長機会の獲得:カーブアウトされた企業は、独立した企業として新たな市場や顧客を獲得し、成長を加速させることができます。例えば、カーブアウトされた企業は、親会社とは異なる市場戦略や顧客ターゲティングを行うことで、新たな市場への参入や顧客基盤の拡大を実現することができます。

経営の効率化:事業の分離によって、意思決定プロセスを簡素化し、経営の効率化を図ることができます。例えば、事業を分離することで、意思決定の権限を委譲し、迅速な意思決定を可能にすることができます。

カーブアウトの背景

近年、企業を取り巻く環境は大きく変化しており、グローバル化、デジタル化、規制強化など、様々な課題が顕在化しています。

このような状況下で、企業は従来の事業モデルや組織構造を見直し、より柔軟で競争力のある体制を構築することが求められています。カーブアウトは、こうした変化に対応するための有効な手段として注目されています。

具体的には、以下の要因がカーブアウトの増加に繋がっています。

市場の競争激化:グローバル化やデジタル化によって、市場競争が激化しており、企業はより効率的に事業を運営し、収益性を高める必要に迫られています。例えば、新規参入企業や海外企業の台頭により、従来の事業モデルでは競争力を維持することが難しくなっています。

技術革新:新技術の出現や普及によって、従来の事業モデルが陳腐化し、新たな事業分野への参入や既存事業の再編が求められています。例えば、人工知能やIoT技術などの進化により、従来のビジネスモデルを大きく変える必要が生じています。

規制強化:環境規制や労働規制など、企業を取り巻く規制が強化されており、事業の効率化やコンプライアンス体制の強化が重要になっています。例えば、環境規制の強化により、企業は環境負荷の低減やリサイクルの取り組みなど、新たな事業戦略を策定する必要に迫られています。

投資家の期待:投資家は、企業がより効率的に事業を運営し、収益性を高めることを期待しており、カーブアウトはこうした期待に応えるための手段として注目されています。例えば、投資家は、企業が非効率な事業を分離し、コア事業に集中することで、より高い収益性を実現することを期待しています。

 

カーブアウトのメリット

経営資源の集中

カーブアウトによって、親会社は主要なビジネスに経営資源を集中させることができます。

これは、カーブアウトされた事業が独立することで、親会社は経営資源をより効率的に活用し、収益性の高い事業に投資することが可能になるためです。

例えば、人材、資金、技術などの経営資源を、成長が見込める事業や競争優位性を築ける事業に集中させることで、企業全体の競争力を強化することができます。

資金調達の多様化

カーブアウトされた企業は外部からの資金調達が可能になります。これは、独立した企業として、銀行や投資ファンドなどから資金を調達することができるためです。

親会社が抱える財務的な制約から解放されることで、カーブアウトされた企業は、より積極的に投資や事業拡大を進めることができます。

また、株式公開(IPO)などの選択肢も広がり、資金調達の選択肢が大幅に増えることも期待できます。

経営のスピード向上

独立した企業としての迅速な意思決定が可能になります。カーブアウトされた企業は、親会社の指示や承認を受ける必要がなくなり、市場の状況や顧客のニーズに迅速に対応することができます。

これは、競争が激化する市場において、重要な優位性となります。また、独立した企業として、独自の戦略や文化を構築し、より柔軟な経営体制を構築することも可能になります。

 

カーブアウトのデメリット

プロセスの複雑化

カーブアウトは、法律や経済的な手続きが多く、プロセスが複雑です。事業の分離には、法律的な手続きや税務上の処理など、様々な手続きが必要となります。また、カーブアウトされた企業の設立や運営には、新たな組織やシステムの構築、人材の確保など、多くの課題が伴います。そのため、カーブアウトを成功させるためには、十分な準備と計画が必要となります。

人材の課題

人事や総務などの管理部門の人材が不足する可能性があります。カーブアウトされた企業は、独立した企業として、人事、総務、経理など、様々な管理部門の機能を新たに構築する必要があります。しかし、親会社から必要な人材を引き抜くことは容易ではなく、人材不足に陥る可能性もあります。そのため、カーブアウトを検討する際には、人材の確保や育成について、事前に十分な計画を立てる必要があります。

事業許認可

許認可の再申請が必要になる場合があります。カーブアウトされた企業は、独立した企業として、事業を行うために必要な許認可を新たに取得する必要があります。

これは、事業の種類や規模によって、手続きが複雑になる場合もあります。そのため、カーブアウトを検討する際には、許認可取得に関する手続きや必要な書類などを事前に確認しておく必要があります。

 

カーブアウトの手続き

基本方針の策定

まずは、カーブアウトの基本方針を策定します。これは、カーブアウトの目的、対象事業、スケジュール、必要な資源などを明確にするプロセスです。基本方針を策定することで、カーブアウトの全体像を把握し、具体的な計画を立てることができます。

譲渡対象の決定

次に、譲渡する事業や資産を明確にします。これは、カーブアウトの対象となる事業や資産を具体的に特定し、その価値を評価するプロセスです。譲渡対象を明確にすることで、カーブアウトの規模や範囲を把握し、必要な手続きや資源を計画することができます。

会計情報の整理

適切な会計基準に基づいた財務諸表の作成が必要です。カーブアウトされた企業は、独立した企業として、独自の財務諸表を作成する必要があります。そのため、カーブアウト前の会計情報を整理し、適切な会計基準に基づいた財務諸表を作成することが重要です。

 

カーブアウトの事例

事例1:ソニーのVAIO事業

ソニーがVAIOを独立させたケースです。
ソニーは、2014年にPC事業をVAIO株式会社として独立させました。これは、PC事業の競争激化や収益性の悪化に対応するために行われたもので、ソニーは経営資源をより成長が見込める事業に集中させることを目的としていました。
VAIO株式会社は、独立した企業として、新たな市場や顧客を獲得し、事業を拡大しています。その後、2024年11月に家電量販店大手のノジマがVAIO事業の買収を発表しました。
2014年5月2日ソニー株式会社 リリース「PC事業の譲渡に関する正式契約の締結について

事例2:オリンパスのデジタルカメラ事業

2021年に、オリンパスは、デジタルカメラ事業を分社化し、日本産業パートナーズ株式会社(以下「JIP」)が管理・運営その他関与するファンドに対して譲渡しました。現在、同事業はOM デジタルソリューションズ株式会社が運営しています。
映像事業の主力であるデジタルカメラは、スマートフォンやタブレット端末等の進化に伴い、市場がの急激な縮小。その影響で映像事業は2020年3月期まで3期連続で営業損失を計上するに至っていました。,オリンパスのデジタル一眼レフ「PEN」シリーズは人気を博してましたが、主力事業である内視鏡事業や治療機器事業に経営資源を集中し、よりコンパクトで筋肉質且つ機動的な組織構造を行うため、このような戦略的カーブアウトが行われました。
2021 年 1 月 4 日オリンパス株式会社 リリース 「オリンパスの映像事業の譲渡完了に関するお知らせ

事例3:武田薬品工業のファイメクス株式会社

武田薬品工業は、2018年に社内ワーキンググループで研究していたシーズ(タンパク質分解誘導を機序とする新規医薬品の研究開発)をもとに、ファイメクス株式会社として独立させました。新規事業開発目的のため、同社はカーブアウトベンチャーと呼ばれております。独立後、様々な研究室や大学との共同研究契約を締結、更にはベンチャーキャピタルからの出資もあり、事業を順調に拡大。2023年にラクオリア創薬株式会社が同社を買収し、100%子会社となりました。

事例4:東芝の半導体メモリ事業

2017年4月、東芝は、半導体メモリ事業を切り出し、吸収分割により当該事業を東芝メモリが承継しました。
2016年に、原子力企業ウェスチングハウス・エレクトリック・カンパニーが買収した原子力サービス会社CB&I(ストーン&ウェブスター)の資産価値が減損となり、債務超過に陥りました。債務超過の解消のため、当時虎の子のビジネスであった半導体メモリ事業を東芝メモリに承継。その後、ベインキャピタルなどで構成させるコンソーシアムが設立したSPCへ東芝メモリの株式を譲渡しました。2019年に社名をキオクシア株式会社へ変更。2024年にキオクシアホールディングスが東証プライムへ上昇を果たしました。

まとめ

カーブアウトは企業の再編や資金調達において非常に有効な手段ですが、そのメリットとデメリットを十分に理解し、適切な戦略を練ることが重要です。
企業にとって大きな決断であり、慎重な検討が必要となりますが、企業の成長や競争力強化に大きく貢献する可能性を秘めています。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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基本合意書とは?M&Aで重要な契約の内容・締結の理由・作成の注意点を解説!

M&Aの交渉が進むと、株式譲渡契約等の最終契約書の締結の前段階で、買い手候補企業と売り手企業との間で、基本合意書の締結を行います。

今回の記事は、基本合意書とは?という基本的な部分から、締結する理由やその内容、作成の注意点について説明します。

目次

基本合意書とは?

基本合意書とは、M&Aの交渉過程において、買い手候補企業の最終選定が終わり、当事者で重要な条件等がある程度固まった段階で、合意した基本的な事項を確認するためにそれを文章化した契約書のことを指します。具体的な時期としては、デューデリジェンスに入る前に締結され、英語では、MOU(Memorandum of Understanding)と呼ばれています。

一方で、 基本合意書に似た書面として、意向表明書があります。意向表明書はLOI(Letter of Intent)と呼ばれており、基本合意書(MOU)とは形式が異なります。一般的に、買い手候補企業から売り手企業にM&Aの意向を伝えるために送付するLetter(手紙)のことを意向表明書と呼ぶことに対して、通常の契約書のように双方がサインする形式の書面を基本合意書と呼んでいます。

つまり、意向表明書は基本的に買い手候補から売り手へ一方的に希望を伝えるものであるのに対し、基本合意書は買い手候補と売り手の希望を交渉によって整理し、合意するものである点が異なると言えるでしょう。

基本合意書の内容としては、取引の目的、取引金額、スケジュール、各当事者の役割などが明記されます。具体的な内容は以下の「3基本合意書の内容について」で説明しますのでご参照ください。

もっとも、基本合意書は法的拘束力を持たないことが一般的なので、基本合意書締結後、デューデリジェンスの調査結果や最終条件交渉決裂によって、最終合意に至らないこともあります。また、基本合意書は案件の規模が小さい場合や、時間に制約があり、基本合意締結に要する時間を節約したい場合には締結しないこともあります。

 

基本合意書を締結する理由

買い手による独占交渉権の獲得

買い手は通常、基本合意書の締結によって競争相手を排除することができる独占交渉権をあたえられるため、安心してその案件に時間を割いたり、デューデリジェンスのコストを負担したりすることができます。
独占交渉権は基本合意書において、とても重要な要素なので、4.基本合意書の作成の注意点で詳しく説明します。

スケジュール管理

最終契約締結日の目途、基本合意の有効期間とクロージングまでのスケジュールを明確にすることができます。

契約内容の整理

M&Aにおける最終契約は複雑になることが多いので、中間段階で契約内容を書面として確かめておくことで円滑に進めることが可能となります。

 

基本合意書の内容について

基本合意書には以下のような主要な項目が含まれます。

・取引の形態と買収対象:株式譲渡、事業譲渡、合併、第三者割当増資等

・譲渡代金等の条件:譲渡代金、対価の支払い方法(現金、株式等)

・デューデリジェンス:対象範囲、実施時期、実施方法等

・最終契約の締結予定日、クロージングの予定日、延期の方法等

・取引に要する費用の負担方法:許認可の移転費用、デューデリジェンスの費用等

・公表:公表の実施時期と方法

独占交渉権優先交渉権:期間、延期の方法等

・契約期間

・基本合意書の効力

・準拠法・裁判管轄

 

基本合意書の作成の注意点

取引対象物の特定と売買条件の合意

株式譲渡の場合には、対象会社の株主のうち売却を予定している株式名、その保有株式数、事業譲渡の場合には対象事業と移転資産を明確に規定します。

譲渡価格については、その決め方(基準日時価純資産プラス実質営業利益の数年分など)、レンジ(金額の範囲)、上限、目途などを合意しておきます。

ただし、基本合意締結後のデューデリジェンスで問題点が発見された場合には、譲渡価格の調整を行う旨規定する場合が一般的です。

付帯条件に関する合意事項

役員・従業員の引継ぎと雇用条件については最低限合意をしておく必要があります。オーナー社長との引継ぎについては、期間と条件を定めますが、期間については通常、半年~1年とする場合が多いと思われます。

買収監査

デューデリジェンスの具体的な日程、調査範囲、調査場所などについて明記します。また、主要幹部へのヒヤリングを希望する場合には、面談を希望する幹部名などを記載します。

最終契約の締結日とクロージング日の目途

最終契約日は通常、基本合意締結後1~3か月、クロージング日は最終締結日後1~2か月後を目標時期とする場合が一般的です。また、万が一に備えて、契約を延長できる規定にしておきましょう。

独占交渉権の獲得

基本合意の有効期間中、売り手は買い手以外と交渉しない旨を規定するのが一般的です。買い手とってはコストと時間をかけて案件を検討していても、競合他社に案件を奪われてしまうことを防ぐために、独占交渉権を獲得することが求められます。

独占交渉権の期間が長いと、売り手にとって不利になってしまい、なかなか独占交渉権を獲得させてもらえないことが多いので、短めの期間設定をすることで独占交渉権は獲得しやすくなります。

有効期限

基本合意の有効期限は、特定の日または最終契約締結日のいずれか早いほうにすることが一般的です。

また、期間はあまりに長いと、双方に緊張感がなくなり、ブレークしてしまうおそれがあるので、1~3か月を目途にするとよいでしょう。

法的拘束力

先ほど、基本合意書は一般的に法的拘束力を有しないと述べましたが、秘密保持(NDA)や独占交渉権、裁判管轄などについては、法的拘束力を持たせることが一般的です。

法的拘束力を生じるということは、債務不履行責任などの損害賠償責任を負う場合が生じるので、法的拘束力の生じる事項については特に慎重に定めることが求められます。

 

まとめ

M&Aにおける基本合意書は、取引の交渉過程で重要な役割を果たす書類であり、取引の基本条件を確認し、両当事者間の信頼関係を築くための手段として機能します。

具体的には、基本合意書には取引の目的、取引金額、スケジュール、役割と責任などが含まれ、今後の交渉を円滑に進めるための指針となります。

買い手としては独占交渉権を獲得することがポイントであり、作成時には明確な記載と事前の合意形成が重要であり、弁護士等の専門家のアドバイスを受けることも推奨されます。

 


執筆者 株式会社M&A共創パートナーズ M&Aアドバイザー 篠浦 隆宏 

株式会社みずほ銀行に入行し、富裕層向けの資産運用の提案に従事。株式会社日本M&Aセンターへ転職後、M&Aコンサルタントとして幅広い業種のM&Aをサポート。前職は、新興のM&Aブティックにて主にIT企業のM&A案件を担当し、数多くの譲渡企業の支援に従事。


 

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